騒がしい季節 2

 

 

 

「体育祭の実行委員が決まっていないクラスは、明後日までに届け出ること。次回以降は実行委員が出席してもらうことになるので、そのつもりで連絡もしておいて欲しい。それから、各競技に出場する生徒の登録は来週の終わりまでにするように。―――会長、他には?」

「特に一年諸君は慌しく感じるだろうが、体育祭まで期間は短い。決められることから片付けてしまおう。そのためにもご協力よろしく」

 言葉を発しながら、斎賀は和意に視線を向ける。それを受けた和意が解散を命じ、一瞬の間を置いて喧騒が生まれた。

 周囲と談笑しながあら歩く者あり、一目散に駆け出して行く者あり。

 昼休みという限られた時間に行われたせいもあってか、多くの生徒がすんなりと会議室を後にする。

 それを見るともなしに視界に入れていた斎賀を影が覆う。見上げれば運動部部長でもある誠吾が立っていた。

「何?」

「あいつ、ずっとあのままか?」

 誠吾が肩越しに親指で背後を示した。そこには、二年生の一人と話をする和意がいる。それを少し離れた場所から遠巻きに見つめる集団は一年生だろうか。

「あのまま、って?」

「惚けるなよ。会議中からずっと苛々しっぱなしじゃないか」

「さすがだね、芳原」

 浮かべた笑みは皮肉気なものではなく、純粋な感嘆だった。

 本来ポーカーフェイスが売りの和意は、不特定多数の人間に感情を読ませるような性格ではない。今日のような会議ではいつも以上の冷静さを全面に出すのだが、十数年来の友人にはお見通しらしい。

 それとも、遠目で悟らせるほど彼の仮面が弛んできたということだろうか。

「―――で?」

「昶くん欠乏症」

「……何なんだ、それは」

「ん? 最近昶くんとの時間が取れてないみたいだから苛立ってるんだよ」

「顔をあわせてないのか?」

「こっちは生徒会絡みで昼休みもこうして時間を取られているし、放課後も遅くなる。さすがに待たせてはおけないでしょ」

 これから一月をかけて体育祭の運営準備が行われる。この時期の生徒会の役目としては新たに選出される実行委員をまとめ、それと同時に次期生徒会長を指名・教育する必要がある。

 なぜ同時進行で行う必要があるのか。それは受験が本格的に始まる前に新生徒会を樹立すること、そして体育祭を共同運営することで実行委員会の仕切り方を覚えてもらう意図がある。

 斎賀の次期会長の選定はすでに済んでいて、和意以下生徒会面子に異議はない。残すところ彼に対する説得と了承を得ることが当面の課題だ。

「おまけに面白い噂が耳に入ったしね」

「昶の後輩が、ってやつか」

「へぇ……噂に興味ない芳原が珍しい。知ってたんだ?」

「聡里から話は聞いてる。確かに仲は良さそうだな」

「入学式の一件を見てもそんな感じはするよね。昶くんも嫌がってないみたいだし。おまけに新入生がやけに騒いでるじゃないか。それがあまりにも拡大してるから、学校内では昶くんに近づかないようにしてるんだよ」

 どんな影響があるかわからないしね。

 続けられた言葉に、誠吾は眉を潜める。

「何かあるのか?」

「どうだろう。―――芳原は気にならない?」

「あの騒ぎか? 去年より多いとは思っていたが……」

「大体入学式から一週間前後で一通り収まるのに、今回は引く気配がないだろ? 純粋に今年の一年の特徴とも取れるけれど、用心しすぎて困ることはないからね。昶くんが可愛すぎて仕方がないんだよ、あの男は」

「……ずいぶんと変わるものだな」

 肩を竦めてみせた斎賀もまた和意のほうへと視線を向ける。タイミングよく話を打ち切った和意がこちらへと歩いてくるのが見えた。

「うーん、見てる見てる」

 斎賀の面白がる声音に、誠吾もまた苦笑を浮かべる。

 目は口ほどにものを言う、とは良く言ったものだ。見送る生徒の目はだれかれ憚ることなく彼の後姿を一心に見つめている。憧れと畏怖と尊敬が入り混じったそれに気づかないほど、和意は鈍くない。

 だが、一々何らかのリアクションを取るほどお人よしでもないのだ。

「会長と運動部部長がこんなところで密談か?」

「やだな、和意。密談じゃなくてちゃんとした取引だよ」

「ろくな取引でもなさそうだな」

 やれやれと肩を竦めた和意は、持っていた書類を机の上に放る。そのまま机に寄りかかり腕を組むと、斎賀に話の続きを促す。

「それで、取引は終わったのか?」

「全然。だって話す前に和意来ちゃったし。……ということで、芳原」

 唐突に名前を呼ばれて誠吾は反射的に顔を上げる。そこで見つけた二つの真剣な双眸に思わず嫌な予感を覚えた。だが、ここで踵を返すほど柔な神経をしているわけもなく、そう見せるのも不本意だ。

 嫌そうな顔で対峙する誠吾は、案の定斎賀の言葉に深い溜息を落とすことになる。

「聡里くんを借り受けてもいいかな?」

「言っておくが、あいつは物じゃないぞ」

「当たり前じゃないか。でも、君のモノでしょ? 一応断っておこうかと思って」

「拒否権は」

「当然ないよ。こっちとしても譲れないんだ」

 表情は笑顔でも、目がそれを裏切る。久々に向けられた眼差しに、誠吾は目を細めた。

 約一年もの間男ばかりの学校を仕切ってきた斎賀だ。求められたカリスマ性だけではなく、自分たちの要求を突きつけてくる猛者を従わせるだけの手腕を持っている。

 飾りなんて冗談じゃないね。

 着任早々そう言い放った彼は、十分にその役目を果たしたと思う。その人気に最後の花を添える、その役目が聡里だというのだろうか。

 斎賀が求める花の役割に思い至り、自然と溜息が落ちた。

「あいつが嫌がるようなことを無理強いしないのであれば構わない。どうせ俺に拒否権はないんだ、せいぜい高みの見物をさせてもらうよ」

 説得に失敗しようと関知しない。そう言外に告げれば不敵の笑みが目の前に広がる。

「僕が手抜かりすると思う? 条件はしっかり押さえてあるよ。ね、和意?」

「……そこで俺を見るな」

「何で? その通りだろ? 聡里くんが生徒会長になる条件の一つに昶くんを生徒会に入れるし、金児は補助的役割を維持する。広報的な役割は引継ぎされつつあるようだし……ああ、運動部部長の後継者も選出しないとね」

「それは俺がやる。全て生徒会が決めたと見せかけるのも良くないだろ」

「そう? じゃ、芳原に任せるよ。あとは……」

「―――何だよ」

「今日は早めに解放してあげるから、昶くんと約束しておけば? ついでに生徒会への勧誘もしておいてよ。昶くんの了承があれば、ますます聡里くん釣りやすくなるしさ」

 文章的にはお願い口調のはずなのに、どう聞いても命令でしかない。

 なんとも言い難い誠吾の視線を受けながら、和意は憮然としたまま諾と返した。




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