騒がしい季節

 

 

 

 日本の新学期は桜舞い散る春に始まる。

 薄く色づいた桜に見守られた卒業式で涙を散らし、また満開となった桜に歓迎されながら新しい季節を迎え。

 ここ、私立青南高校でも先月に厳かな卒業式を無事終えており、気持ちを新たに行われた入学式も無事終了した。

 とはいえ、今年高等部が迎え入れた新一年生のうち、外部生と呼ばれる一般受験で合格したものは僅か一割。九割が中等部から持ち上がりの内部生ともなれば、入学式というよりも単なる新学期の開始といった感覚のほうが強い。

 これから三年間を過ごすことになる学校への緊張を抱くのは、高校から一員となる外部生だけだ。ほとんどの生徒は、再び憧れの先輩と過ごす時間を夢見て浮かれていた。

 そしてそれは注目を受ける側も同じことに悩む羽目となる。

「うーん、平和だ」

 午後の授業を控え、昶と聡里は昼休みを屋上で過ごしていた。二人の前には持ち込んだ昼飯が広げられている。

 ここは敷地に沿って植えられた桜を見下ろせる絶景ポイントなのだが、まだ幾分冷たい春の風と花粉症の時期だけに生徒が数人いるだけである。

「……どこが?」

 聡里の言葉に昶は思わず眉を顰める。脳裏に描くは、生徒会室を始めあらゆる場所に群がる一部の新入生たちだ。

 久々の雄姿を拝むことに熱中した彼らは、休み時間、放課後を問わず徒党を組んでいた。どうにかして目当ての人物を視界に入れようと躍起になり、結果野次馬並の騒ぎとなる。外からわいわいと騒ぐのはまだマシなほうで、中には露骨に接触を試みる者も少なくない。

「ああ、あれは凄いよね」

 主語はなくとも、何を示しているのかは伝わってくる。

 一種のレクリェーションと考えられなくもないが、端から見る分には呆気にとられる光景だ。

「ブラウン管を通して見ていた芸能人に会えた感覚なのかな。……まぁ、今年は血気だってる気もするけれど」

 それは聡里の恋人である誠吾も唸っていたことだ。

 誠吾が部長を務める剣道部でも、やはり新入生が鈴生りになってる。部員が渋い顔をしようと、観客がそれを気に止める気配はない。

 模擬試合だけでなく単なる練習にもかかる歓声は、部員の集中力が根こそぎ奪ってしまうらしい。

 どれだけ周囲で騒がれようと精神統一をしていれば問題ない。それは正論だが、実際にそこまで集中力を維持するのは困難である。

 部活見学の時期だけに早々と扉を閉めるわけにもいかず、結局騒ぐがままにさせているらしい。

「そういえば聡里は去年参加してなかったの?」

「するわけないじゃん。部活姿は見たかったけれど、あの中に入る気にはならないし。それに去年の僕は昶のことで手一杯でした」

「……ソレハドウモ。去年も芳原先輩のところは凄かったんだろ?」

「それなりにはね。でも、そんなに誠ちゃんが渋い顔をしていた覚えはないんだ。中等部の時だって誠ちゃんは剣道部の主将をやっていたけれど、こんなに目に余るほどじゃなかったし。生徒会メンバーだって……」

 考えにふけっていた聡里だが、浮かんだ言葉に小首を傾げる。

「そういえば昶、最近和意先輩と一緒にいないよね。和意先輩が教室にも顔を出さないのも珍しいけれど……やっぱり一年のせい?」

「まぁね。昼休みも放課後も生徒会メンバーと一緒に生徒会室に篭ってるよ。あそこが唯一視線を感じない場所って言ってた」

「……ずいぶん追い詰められてるね」

「どっちにしろ会議があるから変わらないみたいだよ」

「会議? ……ああ、体育祭と次の会長の指名ね。もうそんな時期なんだ」

 ここ青南高校では例年五月の中旬に体育祭がある。なぜこんなに早い時期なのかというと、天候に左右される可能性の一番低い時期だから、と言われている。そしてもうひとつ、新しい級友と一致団結し、コミュニケーションと親睦を一気に図ってしまおうという意図があるらしい。

 そういえば今朝のHRで委員長が「放課後全員残れ」宣言していたな、と昶は今更のように思い出す。

「体育祭はともかく、会長の指名なんてあったっけ?」

「あるよ。体育祭前に新しい会長の指名をしちゃえば、体育祭で生徒の目に留まりやすいからね。去年もそうだったけれど、覚えてない?」

「全然。あの頃はみんなの顔と名前を一致させるのでいっぱいで、学年外なんて余計無理。会長の顔を覚えたのなんか夏休み前の終業式だと思う」

 舞台の上に立ち、視界を務めていた姿が何となく脳裏に蘇った。

 そう、これも生徒会長の仕事なんだ、としみじみ思った記憶があった気がする。イベントと言うイベントを仕切るのが生徒会だから、余所の学校よりは表に出る回数も多いのだと今ならわかるが。

「あれ? 新しい会長を指名するってことは生徒会役員も?」

「当然。事実上体育祭の運営を共同でやって交代だよ。……って、昶、全然聞いてないの?」

 聡里の指摘に、昶は眉根を寄せて黙り込む。その反応に聡里のほうが驚いた。

 思い起こせば入学式以降、校内で和意と昶が一緒にいるところを目撃した回数は数えるほど。加えて生徒会の仕事が立て込んでいるのなら、放課後も費やされている可能性は高い。

 後輩が抱きついただけで嫉妬したあの和意が、昶と離れていられるのだろうか。

「まさか、まったく話してないとか……?」

「……メールはしてるよ」

 入学式からこっち、昶が校内で和意と話した回数は僅か。それどころか、すれ違うのだって稀なのだ。課題テストだ、オリエンテーションだと時間を取られ、移動教室などで廊下を歩く姿を目の端に捉えることしかできない。

 和意には新入生の熱気から昶を遠ざける意図があるようだが、正直言って昶は不満だ。放課後に会えないのなら、せめて昼休みだけでもと思う。

 電話だけでは物足りないと感じるし、それに直接会って話したいこと―――伝えるべきことがある。

 しかし今の状況を知っているだけに、こちらから呼び出すのも気が引けてしまう。

「呼び出しちゃえばいいのに。先輩ならすぐに飛んでくるでしょ」

 聡里の言外に匂わす行為に、昶は苦笑を浮かべる。

 始業式の前日、イギリスから戻った昶が電話をしたのは成田に着いた二十時頃。声だけで終わるはずだった帰国連絡は、和意の希望で夜も遅い時間だというのに会うことになった。

 いや、この言い方は間違っている。

 会いたいと思ったのは二人ともで、それを言葉にしたのは和意が先だった。ただ、それだけのことだ。

 翌日に控える生徒会の忙しさを考えた昶は声だけで我慢するつもりだった。それを和意の一言という理由に乗ったのは昶のほうである。

「でも、あの和意先輩がねぇ」

「何だよ」

「だって、あの羽柴和意だよ? 会長と同じくらい傍若無人なところがあって、意に沿わないことは基本的にきっかり無視する人だよ? それなのに昶には従っちゃうわけでしょ? 僕は尊敬しちゃうね」

「……誉められてない」

「そう? しっかり誉めてるんだけれどね」

 空惚けた聡里だが、ふいに真顔へと戻る。

「昶、その調子だとぜんぜん話してないんでしょ? 余計なことを考える前に会いに行って、放したいこと全部話してきちゃいなよ」

「でもさ―――」

「でも、じゃない。それに……」

「昶先輩、ここにいたんですか!」

「神原」

「……来たよ」

 勢いよく開け放たれた扉から桧原が駆け寄ってくる。その後ろにはお約束のように神崎の姿もある。

 新入生としてのオリエンテーションが落ち着く前から、昼休みや放課後に彼らは姿を見せるようになった。初っ端から「昶先輩」と名前で呼ぶ一年生に周囲はどよめき、昶との関係を推測し続けている。

 問うような視線が煩わしくて屋上に逃げてきたのだが、彼らには通じなかったらしい。

 溜息を落とす聡里を余所に、桧原は昶の前に座り込んだ。聡里には見えないが、きっと毛がふさふさの尾をはちきれんばかりに振っているのだろう。

「先輩、どうして今日はここなんですか? いつも教室なのに」

「どうしてと言われても……」

「気分転換に決まってるだろ。先輩達、お邪魔をして申し訳ありません」

 桧原の後頭部に拳をお見舞いすると、神崎が申し訳なさそうな表情で頭を下げる。桧原はというと、叩かれた場所を片手で押さえ恨みがましい目で加害者を睨んだ。

「おまえはどうしてそう人の頭を叩くんだよ!」

「叩きやすい位置にあるからかな」

「だからって……」

「おまえら、うるさい」

「先輩ぃ……」

「こいつと一緒にするのはやめてくださいよ」

 はしゃぐ桧原にそれを抑える神崎、そして呆れながらも二人の仲介をする昶。早くも見慣れてきた光景は、彼らの中学時代を彷彿させる。

 実際は昶の弟が彼らと小・中学校と同じで、昶にとっても昔馴染みに近いという。

 傍で見ている聡里はその実情を知っているが、少し離れた場所の傍観者にとってはその仲に目を瞠る。

 本当に、先輩・後輩の関係なのか、と。

 この積極的な後輩の行動は噂となり、早くも校内を回り始めている。

 生徒会室に閉じこもってばかりとはいえ、和意のところに届くのも時間の問題だろう。

「……もう届いてるかもなぁ」

「? 何が?」

 小さく呟いた言葉に昶が反応した。それを笑って誤魔化し、聡里は生徒会室のある方角を見遣る。

 一波乱起こりそうだ、と不吉な予感に眉を顰めた。




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