陽のあたる場所 =6=






 分があるとははなから思っていない。それでも、ここで従順になるほど之路は愚かでもない。相手を思いやるなんてもっての外だ。
 ベルトに手がかかった瞬間、之路は感情のまま行動していた。足を警戒されていなかったのが悪運の強さというべきか。
 右足を引き寄せるや否や、目の前にいる男の股間を遠慮なく蹴りつけた。言葉もなくそこを押さえ、前のめりに倒れる。腹を狙うよりも確実な痛みを。同じ男としてその痛みは計り知れるが、同情はしない。
 呆気にとられたのだろう、背後の男が之路を捕らえる力を弱めた。迷わず肘鉄をみぞおちあたりにいれて、男が唸る隙に之路は体の自由を手に入れた。
 背後を振り返ると同時に男が向かってくる。それをかわして、之路は間を取った。
 脇に視線をやれば、うずくまる男は体を痙攣させているだけだ。ならば目の前にいる男だけに集中すればいい。あとは、どうやってこの場から逃げ出すかだ。
 相方をやられたことに、それとも自分に攻撃を仕掛けたことにだろうか。之路に向けられる視線は先ほどとは比べ物にならないほど強い。
 奇声を挙げて突進してくる男を避けて、体勢を低くする。とっさに足払いをかければ、上手く引っかかってくれた。コントのように地面に転がってくれたのを幸いと、之路は彼らの手の届かない範囲を通って表通りへと駆け出した。
 風を受けてはためく布と、鞄が邪魔だ。ボタンというボタンがすでに機能を果たさない学生服の前を手で押さえ、之路は走り続けた。
 道行く通行人にぶつかろうと迷惑をかけようと、今の之路に関係なかった。訝しげな表情で振り返られても、之路が止まることはない。完全にしとめたわけではないし、その自信もない。とりあえず手の届かない場所に行くのが先決だ。。
 まだ追ってくるような気がして、之路は何度も振り返って後ろを確かめた。姿がなくてほっとする反面、自分が気づかないだけかもと恐怖する。
 自分の行動に気をとられていた之路は、本日二度目の衝突をやらかした。
 どんっとそのままの勢いでぶつかり、体が後ろへと飛ばされた。身構える間もなく地面の迫る感覚にぎゅっと目を瞑る。ところがいくら待っても背面に痛みはなく、腕が固定された中途半端な態勢をとっていることを知った。
「すみません、大丈夫ですか?」
 頭上から降ってきた声に、之路は我に返った。相手を見れば、よく知った顔が心配そうにこちらを見ている。その瞬間、之路は力なくその場にしゃがみこんでいた。
「うわ、大丈夫ですか!?
 今ごろになって、心臓ががなり始めた。血が逆流するみたいに、全身がばくばくしている。確実に、脈拍もすごいだろう。今ごろ息切れを起こす体に苦笑する。
 当然のことながら、座り込んでしまった之路に相手は慌てた。地面に荷物を置いて覗き込もうとする彼に、之路は手を振って答える。
「……へーき」
 単語しか発していないが、之路だと認識したのだろう。少しの間をおいて、さらに焦ったように地面に膝をついた。
「ユキ!?
「ズボン、汚れるよ、ソウさん」
「そんなことはどうでもいい!」
 上から頭ごなしに怒鳴られて、思わず首を竦める。だが、その続きがなかなか届かない。恐る恐る伺えば、ソウの視線が胸のあたりに止まっているのに気がついた。
「なんで、そんな格好を……いや、それよりも手当てが先か」
 事情を聞くよりも先にすることだと思ったのだろう。ぐいっと手を引かれて、反射的に立ち上がる。そのまま歩き出されて、之路は慌てた。
「い、いいよっ」
「だめ。大人しく来いって」
 確実に之路よりも強い力で、之路を捕らえる。
 先の輩と同じような場所を取られても恐怖感が生まれないのは、彼が之路に危害を加えることがないと、わかっているからなのだろうか。
 伝わる熱が不快じゃない。
 そのことにほっとする自分はおかしいのかもしれない。だが、何よりも之路を安心させるには効果的だった。
「……ユキ?」
 立ち止まったままのソウが訝しげな声をだす。だが、之路はそれに答える暇がない。ぼやけた視界に戸惑ったのは誰よりも自分だったからだ。
 泣いているんだと気づくまでに時間がかかった。頬を伝わる涙が熱い。
 最後に泣いたのはいつだったろう。あの頃は理由が明白だったのに、今の自分にはそれすらも掴めない。
 自分で制御できない自分が恐い。
 優しい接触がふいに之路の意識を戻した。反射的に身体を強張らせた之路に彼は驚き、だが涙を拭うのを止めようとしない。拒まれないと知った彼は、改めて伸ばした指を之路の髪に絡めた。
「おいで。手当てをしよう」




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