陽のあたる場所 =5=





 たった一週間。之路にとって昨日のことに思えるほど、時が経つのは遅い。学校も気付けば終業式間近になり、夏休み気分が周りを支配している。それに乗る気もなくて、之路はぼんやりと義務をこなしていた。
 一日の義務が終われば街に出る。それはすでに日課と化しているが、単に家にいたくないだけだ。誰もいない部屋で何もせずにいれば、之路を捕らえるものがやってくる。
 振り切ったはずの、陰が。
 少しでもそれから逃げたくて、家にいる時間を短くしているに過ぎない。
 店にはあれ以来顔を出していなかった。ソウと知り合って、こんなに出向かないのは旅行時以来初めてのことだ。

 身も心もボロボロだった時期に知り合った彼は、之路の縛られた過去を知っている。側にいて安心できる相手が存在するということを、身をもって教えてくれたのはソウが初めてだった。
 彼は、之路に「居場所」を与え続けてくれる数少ない人物なのだ。
 頼りにしていい相手だと知っている。ソウに全てを話したい。でも、知られたくない。そんな葛藤が生まれていた。
 それに……出会ってしまうかもしれない相手が恐い。この一週間いやというほど之路を悩ませた元凶に会ってしまったら、何を口走るか自分でもわからない。
 そして、之路のなかで繰り返される曖昧なもの。
 ――この感情はなんなのだろう。
 いっそ会ってしまえば何かが変わるのだろうか。
「………」
 無意識に胸ポケットを上から押さえた。そこには生徒証が入っている。去年の終わりに撮った写真付の身分証しか、使うことのない代物。その中に、之路は一枚の紙を加えた。
 そこにはただ、携帯の番号だろう数字が羅列されていた。あの日天野の部屋で見つけた気遣う言葉も謝罪もない、之路宛てのメモ。
 湧いた感情のまま破り捨てようと亀裂を入れ、しかし原型に近い形で之路は残した。こうして持っていたとしても掛けることはない。と思う。
 それなのに、持ち歩いてしまう自分が滑稽だ。
 自分は、何をしたいのだろう。
 思考に捕らわれていた之路は、目の前に現れた二人連れに気づかなかった。どんっと体でぶつかる羽目になってようやくその存在に目を向ける。
 夜の街をうろつく時、大抵その辺で座り込む連中と同類だろう。群れるだけ力しか誇ることのできない輩に、関わりたくない。
 すみません、と音にしたが、通じるかどうか。
 企んだ表情を浮かべる彼らに、之路は小さく舌打ちをした。ガラが良くないのは一目でわかる。ついでに頭も足りないんじゃないだろうか。ついつい余計なことまで考えてしまった。
 無視するに限る。
 すっと視線を反らして早々に立ち去ろうとするが、それよりも先に退路を断たれた。自分よりも背の高い男たちに囲まれてしまう。
「おいおい、人にぶつかってきてそれだけかよ」
「謝罪するつもりないんじゃねーのか?」
 すみませんという言葉は謝罪にとられないらしい。だとすれば、日本人のほとんどは謝罪をできないことになる。気持ちがこもっていないというのなら、納得せざるを得ないが。
 視線を回りに向けて、自分の行為に苦笑をする。誰も好き好んで厄介ごとに口を挟まないだろう。自分だって同じ事をするだろうから、助けてくれない人々を恨む気にもなれない。
 之路の頭上で、二人に視線が絡まったような気がした。表情が更にニヤニヤした笑いに変わる。
 そのまま脇を固められて少し離れた場所へと誘導され、之路はとりあえず従った。制服のまま目立つのはよろしくない。こういう時、学校色を目立たせようとする意図の制服は迷惑だ。
 乱暴に突き放され、体が音を立てて壁に当たった。辛うじて後頭部強打を避けたが、それでも背と腕に痺れが残る。
「あーあ、お前凶暴なんだよ。見ろ、お坊ちゃんが恐がってるぜ」
「そんな、嫌がんなくてもいいだろ。まだ暴力を振ったわけでもないし。なあ?」
 ふいに一人が之路を覗き込むように顔を近づけてきた。ニコチンの匂いがそれだけで届き、之路は顔を顰める。
 検分するような視線が急激に変わった。
 下卑た笑いと粘着質な光。
 見下ろしてくる視線が含むものに覚えがあった。頭の隅で警鐘が鳴り響く。
 悪寒が走り、之路は後ずさった。だが、背後を守る男が素早く腕を回してくる。その拍子に鞄が音を立てて地面に落ちた。
「――放せっ」
 咄嗟に身動ぎするが、びくともしない。それどころか肩を掴む手に力を込められ、之路は慌てる。
「おい、速くしろよ」
「わかってるって」
 主語のない日本語だが、二人は十分に会話を成立させてた。そして之路にもその内容が知れる。もしかしたら、もともとそのつもりだったのだろうか。周りを気にせず逃げ出せばよかったと思ってもすでに遅い。
 シャツの袷に男の手がかかったかと思うと、身構える間もなく左右に開かれた。布の悲鳴とともに無残に引き裂かれ、ボタンが飛び散る。
 身を捩る之路に構うことなく、男の手は更に行為を続けた。
 肌に伝わるその熱が不快で堪らない。力で押さえ込もうというその行為自体に虫唾が走る。
「やめ……っ」
 弱い声がついて出た。それに反応した正面の男が之路の顔を捕らえ、固定する。咄嗟に冷めた目つきで見遣っても何の効果もない。それどころか、勝手な未来を想像する笑みを更に浮かべるだけだ。
 見せつけるように破かれたシャツを開き、無骨な指がその中で這い回る。それに合わせて之路を捕らえる男が細い腿へと指を動かした。




  novel  




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送