鍵の行方 2



 最初に之路の着替えを求め、昼食をとった後に再び車で移動を開始する。気がつけば車は高速道路を走り、陽が落ちかけた時間帯にようやく目的地に着いた、らしい。

「……どこ、ここ」

「俗に別荘と呼ばれるものだな。大したものじゃない」

 車から降りて辺りを見回す之路に、笑いを秘めた声がかけられる。

 行き先がこんな私道を通ってくるような場所だとは思いもしなかった。灯りがあるとはいえ隣家とは離れているし、第一道が繋がっていない。あるのは鬱蒼と繁る木々だけだ。

 しかも、滞在日数分の着替えは用意してあると付け加えられては笑うしかない。恐らく、之路が試着をしている間に買い求めたのだろう。尚貴の「拉致監禁」という言葉はあながち偽りでもなかったのである。

 山の中だけあって風が温度を伴わず、シャツ一枚では寒い。腕を擦っていると、蒼がその肩に上着を羽織らせてくれた。

 風邪を引かないようにね、と注意する蒼の後ろで尚貴が呟いた。

「さすがにここまでくると気温も違うな」

「避暑する場所だものね」

「…………」

 具体的な場所を知らされないまま、之路は別荘の中へ通された。二階へと案内された之路は、割り当てられた部屋の広さに目を見張る。一通りの家具はそろえられており、その中心にはダブルベッドが存在感をアピールしている。

「シャワー室も部屋についてるからな」

 驚きを隠せない之路に笑いながら説明をした尚貴は、一階にある主寝室を蒼と使うらしい。

 荷物を置き、尚貴に誘われるままに建物探検をしていたら、蒼が夕飯だと呼びにきた。

 久しぶりに食べる蒼の手料理は、之路の食欲と心を満足させる。誰かと共に食することが幸せなのだと彼らに教えてもらった。そして、同じ空間にいても寛げる相手がいるのだということも。二人と出会えていなければ未だに知らないままだったに違いない。

 のんびりと過ごしていると、時が経つのは実に速く感じる。ふと壁時計を見れば、針はとっくに日付を越えていた。

 いくら甘えさせてくれる仲でも、彼らの時間まで邪魔するわけには行かない。一つ屋根の下で暮らすとはいえ、その生活リズムが合うことは少ないだろう。ましてや、尚貴と蒼が揃って外に出かけることなんて滅多にないはずだ。

 勢いをつけて立ち上がると、横に座る蒼が驚いたように見上げてきた。

「ユキ?」

「俺、そろそろ寝るよ」

「まだ時間早いんじゃない?」

「うん、でもなんか眠くなってきたし。二人でゆっくりしてよ」

 言いながら尚貴を見ると、彼はマセガキと口の動きで伝えてくる。どうやら尚貴には確実に含んだ意味が届いたらしい。下世話なことだが、恐らく想像と違わないことがこれから起こるのだろう。それを羨ましいと思ってしまう今の自分は、どこか感情が緩んでいるのかもしれない。

 

 

 

 部屋についたシャワー室でざっと全身を洗い、用意されていたバスローブを羽織る。こういうのは之路よりも上の年代が着るものじゃないだろうか。着慣れない自分の姿を鏡に映し、之路は顔を顰めた。

 どうせならパジャマも買ってくれれば良かったのに。呟いてから「駄目だよな」と溜息をつく。

 だが、生活用品の類を買えば不自然だと思うに決まってる。之路を驚かそうという意図なら、もちろん之路のいる前でパジャマなんて手に取ったりはしないだろう。下着が揃えてあったのには苦笑してしまったが。

 救いなのは、尚貴たちと部屋が離れていることだ。明日の朝まで部屋から出ないつもりだし、起こされるよりも早く行動すれば情けない姿を見られなくて済む。

 問題があるとすれば、寝るときである。起きている今でさえ違和感を纏っているのだ。こんな浴衣よりも嵩張るものを着ていては寝られないだろう。

「……脱ぐしかないよな」

 もちろん裸で寝る習慣はない。之路が覚える限り、何も着ずに朝を迎えたのは一度だけ。―――初めて天野に抱かれたときだけだ。

 酒に酔い、過去に酔い、いつしかその腕の強さに身を委ねた時間。だが、完全に目を覚ましたときには天野の姿はなく、之路に対する言葉も残されていなかった。

 あの朝の気持ちは今でも之路の中にある。力強い温もりが恋しくて、でもその感情が理解できなくて、何よりもお互いの気持ちが量れなくて。

 自由に出入りして言いと手渡された彼の部屋の鍵を持ってはいるものの、友人以上恋人未満といった関係が築かれている。蒼や尚貴のように互いの感情が向き合っているわけではなく、曖昧な状態。

 言葉がなくとも視線だけでいいという空気を纏う二人が羨ましいと思ってしまうときがある。自分も天野とそのような関係になれるのだろうかという願いが心の憶測にあるのかもしれない。

 その一方で、今のままでも構わないと思うこともあるのだ。

 今の関係を打破したいのかそうでないのか、自分でもわからないまま。そのくせ天野のことを考える時間は徐々に長くなってきている。

 彼の姿を思うだけならまだ可愛いもので、それが彼に抱かれた瞬間だったりすると、之路は何もできなくなる。そして何よりも、天野の言葉が頭の中で繰り返されていた。天野以外の力を借りることなくその腕の中で過ごした翌朝、彼が之路に訊いた言葉が之路を捉えている。

『……俺のことが好きだろう?』

 確信に満ちた眼差しに対し、之路は未だに何の答えも返していない。

 躊躇うのは、今まで湧いたことのない感情の話だから。

「初めて」の行為は之路に二の足を踏ませる。

 言葉にするのは簡単で、でも単純だから重みがある。

 音にするには勇気がいる。

「好き……か」

 呟いて、之路はひっそりと笑った。





 
尚貴と蒼の関係を羨ましがる之路の図。
 なんか刷り込まれた雛のようですな…はっはっは(笑)。



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