鍵の行方 3




 避暑地というだけあって別荘地帯の早朝は冷え込む。ひんやりとした空気に包まれた之路は、自分のくしゃみで目を覚ました。まだ靄の晴れない頭で天井を見上げ、ここが自宅ではないことを認識する。

 ぼんやりとここに至るまでの経路を思い出していると、突然横から伸びてきた腕が之路を捉えた。

「―――――っ!」

 叫び声が音になる前に、之路は完全に捉えられていた。反射的に抗いかける前に、掠れた声が之路の鼓膜を擽る。

「まだ早い」

「……天野、さん?」

 ぴたっと動きを止め、押し付けられた胸元から視線を上げる。そこにはずっと焦がれていた待ち人の顔があった。うっすらと見える髭がなんだか生々しい。

 いつここに来たのだろう。いや、その前になんで彼がここにいるのか。

 聞きたいことがありすぎて、思考回路はショート寸前になっている。言葉を選び損ね、睨みつける形となった之路に彼は笑った。

「朝から皺を寄せるな」

 人差し指で之路の眉間を押さえたあと、その手は之路の頭へと回された。宥めるように髪を梳かれ、自然と目を閉じてしまう。くすりと笑う気配とともに熱が之路の瞼に落ちてきた。そのまま頬に顎にすべり、やがて唇へと重なる。

 身体だけでなく細部でも天野の熱を感じていた之路は、引き寄せられるまま天野に乗り上げる形になった。さりげなく腕を天野の首にまわすよう促され、従った後でようやく自分の格好を思い出すことになる。天野の体温を直に感じる理由を悟った時にはすでに遅く、怪しく動き出した手を止めることはできなかった。

「ぅ…………んんっ」

 ゆっくりと背筋を伝っていく掌に身体が震える。文句を言おうにも髪に潜ったもう片方の手がそれを許さない。誘い出された舌を甘噛みされ擽られてしまえば、自然と身体から力が抜けてしまう。

 彼と出会ってから、之路は少しずつ変わってきたと思う。他人の温もりを知り、秘めた熱を直に知り、寂しいという感情を知った。以前なら受容れられなかっただろう行為も、相手が天野だと甘受することができる。

 息が上がり始め、そろそろ呼吸が苦しくなってきた。それなのに、天野は余裕を見せつける様に敢えてキスをやめようとしない。それどころか、彼の指が悪戯を仕掛けてくる。胸の粒を抓まれ押しつぶされ、かとおもえばまったく別の場所を撫で上げる。じりじりと与えられる愛撫がもどかしくて仕方がない。

 やがて天野の指が之路のオスへと絡みついた。それは根元から先端へと意地悪く触れていき、すでにぬめり始めた場所に爪を立てる。

「――――――っっ」

 痛みなのか快感なのかそれとも他の感覚なのかわからない状態に追い込まれ、之路は涙をにじませる。それに気づいた天野は一度之路の舌を解放した。

 目が訴えてくるのは悦楽とそれを超えてしまった苦痛。だが、その視線が天野を更に煽り立てるのを彼は理解していない。

 自分の腕の中で息に熱が帯びるのを楽しんでいたが、そろそろこちらも限界に近い。

 起立した之路の熱を弄りながら空いた指で液を掬い取り、連なる場所へ移動させる。

「之路、力を抜け」

「え……あ……!?

 襞に直接塗りこまれて、之路は羞恥で顔を赤くした。宥めるように浅く速い呼吸をする之路の頬や額に唇が寄せられる。やがてゆっくりと指が沈められたとき、之路の悲鳴は天野の口腔へと消えた。再び舌が絡め取られ、下と上とを同時に攻められる。中を開く指が増え、それぞれの意思で動き始めると、之路は強引に天野の舌から逃げ出した。時折指が的確にポイントを掠めるせいで、之路はそのたびに身体を硬直させてしまう。

 背中を反らし、音にならない声をこぼす之路に天野は頃合かと察知したようだ。解していた指を引き出すと、之路は力なく首を横に振った。ささやかな抵抗に、目前の唇に笑みが乗せられる。

「そのままでいろよ」

 囁かれた意味を理解する前に、それはゆっくりと之路の中へ押し込まれた。

 

 

 

 まるで吊り上げられるように、水中を漂う之路の意識は浮上した。薄ぼんやりとした視界がクリアになる前に気配で相手を感じ、之路は無意識のうちにその温もりへと身を寄せる。自然に抱き寄せてくれる腕が心地好い。

 之路が目を覚ましたのに気がついたのだろう、髪を梳く指が一瞬止まる。

「起こしたか?」

 静かな声音に之路は首を振って否定した。動きが緩慢なのは、意識が覚醒しきっていないせいだ。この穏やかに流れる時間が嬉しくて、つい気が緩んでしまう。

 しばらく天野の腕の中で大人しくしていた之路だが、ふいに今の時刻が気になった。ここには天野と二人きりで来たのではないのだ。

「今、何時……?」

「まだ昼には遠いな」

 具体的な数字が返ってこないのは彼が外の明るさで判断したからだ。この部屋には時計というものが存在していない。ゆっくり窓に視線を向けると、差し込む光はまだ弱かった。

「……いつ来たの?」

「なんだ、覚えていないのか。俺が隣に潜り込んだら自分で近寄ってきたのに」

「―――っ」

「嘘だよ。今のは俺の願望だ」

 笑いを含んだ声に之路はからかわれたのだと知る。巧い切り返しをできないのが悔しくてむっとしていると、宥めるように天野の唇がこめかみに落とされた。

 他愛のない話をして、時折沈黙が落ちる。触れ合った箇所から伝わる熱を不快とは思わない。そんな関係を築きつつあるのは、之路の中で何かが変わってきたからだろうか。

「……蒼さんたち、起きたかな?」

「まだ早いさ」

 ほかの事を気にするな。暗にそういわれた気がして、之路は微かな笑みを浮かべる。促されるままにそっと目を閉じた。

 天野に訊きたいことは山のようにあったが、朝から体力を消耗したおかげで、それを実行する気力は何処にもない。

 この分なら、今しばらくこうして穏やかな眠りと現の間を出入りしていても構わないだろう。

 穏やかさを象徴するように、天野の指が何度も之路の髪を梳いている。それを気持ち好いと思ってしまう自分を、之路は受容れつつある。

 他人の温もりを体感しながら、まどろむ日が来るなんて想像もしなかった。

 天野の気持ちがわからず、自分の気持ちも掴めなくて、あのときは随分遠回りをしたと思う。振り返りたくもない過去が絡んだせいで、事態は複雑になってしまったし。

 今の状況はと訊かれたら、「まだマシ」と答えるしかない。そう、完全に前に進んだわけではないのだ。気分は迷路を歩いていたら目の前に扉が出現したような感じとでも言うべきか。

 ―――扉の鍵は自分の手の中にある。

 でも、扉を開けた瞬間どうなるかわからない。

 天野の問いかけにどう答えるか。それによって、之路の進む未来はまったく異なる状況になるだろう。

「……天野さん」

「うん?」

 柔らかな促しに、之路は躊躇いを覚える。

 ふと、不安が過ぎった。もしもあの質問を天野が後悔していたら。之路がただ良い様に採っているだけならば。それが之路の口を凍らせる理由だと、今更ながらに気がついた。

 やっと見つけた相手だと思うから、天野の反応が恐い。

 一歩進めばまた新たな疑問に押しつぶされる。

 動くことで壊れてしまうのなら、偽りの世界でも良い。少しでも長くこの人の傍にいたい。そう願ってしまうほど、臆病になっている自分がいる。

「……なんでもない」

 もう少しだけ、時間が欲しい。

 せめて、もう少しだけ―――。

 

 





 
お気づきでしたか? 久々のいちゃつきシーンです(笑)。
久々に書くと照れてしまうのは私だけ??

しかしなんてまぁ、とろとろしたカップルなんでしょうね。告ぎ書く時にはまとめたいものですが…どうなることやら。
 ああ、その前に「運命」終わらせないと話が続かない(自爆)。



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