鍵の行方 1




 週番の号令に合わせて下げていた頭を起こした瞬間から、教室中を喧騒が包み込む。普段なら注意をする教師も苦笑を浮かべているだけ。集まって来た生徒の質問に答えている。
 それもそのはず、この瞬間から、彼らはGWへと突入するのだ。
 今年は暦の都合上、週末に祝日が重ならなかった。ニュースでは「有給を使って大型連休」という言葉が使われるほど、社会人は長期休暇が可能となるらしい。
 そして彼らも、私立という特殊環境が幸いする。本来ならば登校すべき末日も、学校の方針で休みとなった。その結果、五連休が七連休となり、丸々一週間を休みとして与えられている。
 受験のことなど忘れて誰もが浮かれた気分で口を開く中、羽丘之路は机の中の整理をしていた。頭の中は、早くここから飛び出すことでいっぱいだ。
 それに、今日こそ彼に逢えるかもしれない。
 周りがこちらの動きに気づいたときには、すでに準備完了していた。声をかけられても流すだけ。じゃあな、と手を振って教室を後にする。
 移動しながら腕時計を見ると、針は正午を回ったところだ。この時間ならもちろん店は開いていない。開店時刻から行くとしても、潰さなくてはならない時間はあった。
 昼飯ついでに駅前の本屋でも覗いてみるか。
 校舎を出た途端、湿度の高い熱気が之路を取り囲んだ。季節外れの日差しの強さとその息苦しさに思わず足を止める。
「うわー、なんだこれ」
 炎天下の中踏み出すのを躊躇っていると、すぐ後ろからのんびりとした声が聞こえた。振り向くと、思いがけず近いところに他人のシャツがある。
 身体を強張らせて数歩退いた之路に気づいたようで、彼は困惑気味な表情を浮かべた。
「悪い、驚かした?」
 よくよく見ればクラスメイトの一人で、名前は山崎。去年も同じクラスだったせいか、割りと話す相手である。之路は詰めていた息を吐き出して大丈夫と笑った。すると、彼が物言いた気な視線でこちらを見てくる。
「何?」
「いや、なんか感じが変わったな、と」
「変わった?」
 その理由がわからなくて首を傾げると、今度は大きな溜息をつかれてしまった。答えを待っていると、観念したというような態度をとられる。促されるまま歩き出した之路に、彼は爆弾を落とした。
「羽丘、彼女でもできた?」
「――――はぁ?」
 彼女、という聞きなれない言葉に、滅多にない間の抜けた声が飛び出す。それを図星によるうろたえと思ったらしい。山崎があからさまな溜息をついた。
「あーあ。とうとう羽丘が落ちたか」
「落ち……」
「そのまんま。何だ、違うの?」
「違う!」
 もちろん、彼女はいない。之路には恋人と呼んで良いのか未だに迷う同性の存在があるだけだ。
 『彼女』という単語に振り回されて、之路はそれが『恋人』と同異義語であることに思い至らない。
「本当に? 予定一杯入ってんじゃないの?」
「くどいな。予定なんかないよ!」
 しかも十も歳が離れているため、当然彼には社会人としての身分がある。休みの過ごし方以前に、不規則な仕事をもつ人間が昼間から暇な学生を相手する余裕はないだろう。
 この休みも、蒼の店に出入りをして終わるのだろうというのが之路の予想だ。
「じゃあさ……」
 山崎が躊躇いながら鞄を抱え直したとき、辺りにクラクションが響き渡った。そちらを見やると見慣れた車が校門前に横付けされており、ご丁寧に、助手席の外には手を振る青年の姿もある。
「あ、蒼さん!?
 その名を呼んで駆け寄れば、にっこりと例の笑顔が之路を出迎える。
「よかった。もう帰ったのかと思ってたんだよ。ユキ、今時の子なのに携帯持ってないしさ」
「だって必要ないし……って、そうじゃなくって、どうしたの?」
「迎えに来たんだよ。しばらく予定はないって言ってただろ?」
「……確かに言ったけど」
 受け答えをしながら之路は昨晩の会話を思い出す。学校の都合で連休が長いんだ、という話をしたような覚えがあった。
 ふと軽いスモークのかかった窓を覗き込むと、運転席では蒼の恋人が煙草をふかしてこちらを見ていた。火のついたそれを振って後ろを示し、之路に乗るよう指示する。
「大丈夫だよね?」
 覗きこまれるように訊かれて自然に頷いていた。それを確認して、蒼が満足そうな顔をする。それから気づいたように之路の背後を見やり、彼の注意を引いた。
「彼、ユキの知り合い?」
「え?」
 つい先ほどまで話をしていた相手はすっかり頭から抜け落ちていた。慌てて振り向くと、数メートル離れた位置でこちらを伺う彼と目が合う。
「悪い、山崎。知り合いなんだ」
「あ、ああ……」
呆気に取られたのか、覇気のない声で返事をしてくる。それに注意を払うことなく蒼にエスコートされるまま後部座席に乗り込んだ。窓越しの視線を感じるが、それは敢えて無視をする。之路にとって、時間を気にせず会えた二人のほうが重要だ。
「どこ行くの?」
 車は蒼が乗車するとほぼ同時に動き出した。流れるようにステアリングを行う尚貴を横目に訊くと、実に簡潔な答えが返ってくる。
「いいところだよね」
「拉致監禁とも言うな」
「…………」
 もしかしたら、今日は店に行かないんだろうか。そうなると、彼に会える日がまた延びることになる。
 だが、企みの笑みを浮かべる二人に之路が勝てるはずもない。
 それ以上何も言わず後部座席に収まった之路は、二人の交わす視線の意味に気づかなかった。




 
ウレシハズカシ1万HITS♪ ということでフライングスタートしてみました。いかがなものでしょう?
 久々の「運命」+「陽」は、いまいち調子が戻らず大変なことになりそうな予感大(笑)。
 GWいっぱい使って完結にするつもりですので、よろしければ最後までお付き合いください。



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