運命への岐路 =6=



 腕を掴まれたままタクシーに乗せられ、押されるように降りたのは超高層タワーで一躍有名になった真新しいホテルだった。

 煌くような光を落とすシャンデリアがロビーを中央から照らし、それを総大理石の床が反射させる。柱の側には生花が活けられ、計算されつくした美がその場を飾っていた。

 ここはそれなりの地位と権力を持った人間の集まる場所だ。普段であれば、少しでも得るものを探して周りを観察していただろう。だが、今の蒼にそんな余裕はない。

「………っ」

 再び二の腕を掴まれ、蒼は上げそうになった悲鳴を堪えた。タクシーに乗る前とは比べ物にならないほどにその力は強い。ここまで来ておきながら逃げると思ったのだろうか。

 信用されていない。浮かんだ言葉に蒼は自嘲の笑みを浮かべた。

 仕事上合鍵を預けられるほどに信用されていても、私生活には当てはまらない。それも仕方のない話だろう。蒼は尚貴にそう思われるほどの何かをしたわけでも、ましてや蒼の抱える背景を話せたわけでもないのだから。

 言葉遊びが許されているのをいいことに、尚貴の質問をかわし続けた結果だろう。

 ふと、天野の存在を思い出す。

 天野の場合、二人の間には信頼以上のものが存在する。それは長い間かけて刷り込まれたものであり、互いをそのように認識しているからだ。言葉にすることもなく、それでも通い合う空気が包み込んでいる。

 それに対し、尚貴とは対照的な関係だ。天野のように長い期間があったわけでもないし、何よりも最低限のことしか話していない。相手のことも知らずに信用するなどと言われても、その言葉を一笑するのが関の山だ。

 尚貴との間には壁が存在する。

 そして、それは蒼の力だけでは超えられない。

 今更気がついた事実に、蒼はきゅっと唇を噛み締めた。

 間もなく日付が変わるというのに、ロビーには人影が多い。その中を尚貴は蒼を連れてエ迷うことなくレベーターホールへと向かう。フロントに寄らないのは、すでにチェックインを済ませているからだろう。

 待機していた1基に乗りこむと、尚貴は階数ボタンを押した。次いで他の誰かが乗ることを拒むように、扉を閉める。音を立てぬまま静かに箱は上昇し、やがて静かに到着した。

 タクシーでも、そしてエレベーターでも無言を通した尚貴は、ある扉の前で足を止める。ジャケットの胸ポケットからカードキーを取り出すと、開錠し部屋の中に蒼を通した。

 入って正面奥にデスクがあり、見覚えのあるノートパソコンが置かれている。この位置から見える扉は一つだけ。壁に厚みがあることから、浴室だろうか。そうなると衝立を挟んで向こうがベッドルームということになる。

 何よりも特徴的なのは、造り付けではないデスクが書類をある程度広げられるようなスペースを持っていることだ。いわゆる泊まるだけの部屋というよりも、ビジネスマンがある程度の期間を滞在しやすいように設計された部屋なのだろう。

 ふと漂った煙草の匂い。嗅ぎ慣れてしまったそれに、蒼は僅かに表情を変えた。部屋の中に染み込むほど、彼はここの部屋に馴染んでいる。それは尚貴が自分の部屋に帰ってこなかった時間を如実に表していた。

 ここに、あの人は来たんだろうか。

 無意識のうちに視線が部屋中を探る。あの女性の痕跡が残されているのではないかと怯える自分に気づき、蒼は視線を足元へ無理やり固定した。

 そう、怯えている。

 尚貴に用なしと言われ、彼との関りを拒まれてしまうことを。そして、蒼の位置に留まるであろう女性の影に。

 客と従業員という立場が、雇用主とアルバイトという間柄に変わった。それだけで満足していたのに、何時の間にか贅沢なことを望んでいたらしい。

 これ以上、尚貴との間に何らかの進展があるわけないのに。

 胸の内で沸き起こる自嘲の念にとらわれていた蒼は、後ろから伸ばされた腕に気づけなかった。我に返るのと逞しい胸に引き寄せられるのとほぼ同時。慌てて顔を上げた蒼は、近づいてくる尚貴の端正なそれに目を瞠った。

 互いに閉じられることなく、近い距離で絡まった視線はどこか威圧感を伴っており、その強さに蒼は無意識に尻込みしてしまう。甘さはもちろん何の感情をも伝えてこない冷たい感触に身体が震えた。

 何が、何で――――どうして。

 理由がわからないまま重ねられた唇に蒼の頭は疑問符しか浮かばない。

 それでも、頭の隅で嬉しいと思う自分がいる。

 頤を指で固定され逃げる余裕を残されないほど、彼が蒼を捕らえている。そのこと自体が、蒼の中に歓喜を芽生えさせるのだ。

 しかし、心の中にあの女性の姿が浮かんだ瞬間、蒼は冷水を浴びせられた気になった。

 彼女のためにも、そして自分のためにも、この唇を甘受してはいけない。

 息が苦しい、胸が痛い、様々な原因で視界が滲む。

 力の抜けかけていた指を動かし、作った拳で尚貴の背中を叩く。それを数度繰り返すと、ようやく尚貴から唇を離した。

 ふいに訪れた解放に、蒼は息を思い切り吸い込む。空気の量が多すぎたのか、咽喉を鳴らして咳き込んでしまった。

「なん、で……?」

 ようやく出てきた言葉は文章にならず、しかも自分の呼吸で遮られてしまう。

 きちりと合わせてきた目線は冷たく、零れた涙の跡を辿る指先だけが優しい。その相反する態度が蒼を混乱に陥れた。

「……泣くほど嫌なのか」

「――――え?」

「それとも、あいつなら、いいのか」

 低い声音は短く、蒼は背筋が震えるのを感じた。

 無意識に身体を扉のほうへと向ければ、それを察知した尚貴が身体全体で行く手を阻む。それどころか、強引に蒼を抱え上げるとベッドへ背中から押し倒した。

 圧し掛かられた上で再び口を封じられ、蒼は思わず首を振って逃れようとする。押し返すように尚貴の胸に手をやると、その両手首を尚貴に掴まれた。その力強さに意識を向けかけると、今度は強引に割り込んできた舌が蒼を翻弄する。

「――――――ふ……ん、ぅっ」

 頬の内側を掠め、滑るそれが縮こまった蒼の舌を探り出すように蠢く。貪るような荒々しい口付けに、蒼は声にならない悲鳴を上げた。

 呼吸すら奪われるような行為に、意識が集中してしまう。抗っていたはずの腕はいまや完全に尚貴の支配下にあった。

 抵抗を封じるためか両手首をシーツに縫い付けていたが、気づかれないように頭上へと移動させる。片手で蒼の抵抗を封じると空いた手で自らのベルトを外し、その位置で固定させた。

 痛みで蒼が気づいた時にはすでに時遅く、両手首をきつく戒められていた。

「――――……っ!?

 解こうと揺すってみるが、きつく巻かれた皮はびくとも動かない。おまけに尚貴の掌に押さえ込まれてしまい、抵抗はやすやすと封じ込まれてしまう。口付けを止め、こちらを見下ろす尚貴の瞳は感情を映していない。そのことに気づき、蒼の顔は恐怖で引き攣らせた。

 ―――コワイ。

 胸の奥で上げた悲鳴は音になることもなく、ただ怯えとして表に出る。

「や、やめ……っ」

 否定の言葉が咄嗟に出た。だが、尚貴の指は蒼の身体を辿り、唇がその後を追う様に幾度も行き来する。

 カッターシャツのボタンは全て外され、空気にさらされた肌がぶるりと震える。上半身が露わになると、シャツ自体が今度は枷となって蒼の自由をさらに封じた。

 逃げ場がどんどん奪われていく。そう自ら感じることで、蒼は自身の恐怖を煽ることになる。

 尚貴の掌が胸の尖りを掠めると、今度は指が留まった。まるで初めて見つけた玩具のように、押したり捻ったりと執拗に弄る。

 次第にその感触が変わってきたのが自分でもわかり、蒼は恥ずかしさに居たたまれなくなった。普段あることすら意識しないその場所を再確認させられているような感覚に陥る。

 弄られる様を見たくなくて視線を反らした瞬間、蒼は生々しい熱を感じ、息を飲み込んだ。

 湿り気を帯びたと息が肌を掠め、熱い粘膜に包まれる感覚に蒼は背を仰け反らせた。尚貴の舌が掬い取るように蠢き、肌が濡れた音を立てる。

 蒼が意識を胸へ寄せている間に、尚貴はその身を両足の間に収めた。そして空いている片膝をつかい、蒼の中心を服の上から刺激してやる。すでに膨らみかけていたそこは、尚貴の与える刺激を貪欲に受け止めた。

「―――――、あ……っ!?

 ぱっと視線を向ければ、先ほどまで胸を弄っていた手が腹筋を辿り、ベルトへとたどり着いている。カチャカチャという金属音が静かな部屋に響きわたり、やがて下半身が外気にさらされた。

「や……やだ……っ!」

 悲鳴のような声が出ても、もはや蒼はそれに構って入られない。足を動かして再度抵抗をし始めようとしても、ただの体力浪費に終わる。

 それどころか、蒼の行為を罰するかのように、尚貴の歯が胸の尖りに噛付いた。

「ぃ―――……あぁっ」

 痛みに眉を顰めるが、滲む涙は止まらない。宥めるように舌で舐められて、与えられる刺激の波に蒼は啼く。

 ふいに、尚貴の指が蒼の高ぶりを捉えた。躊躇うこともせず、怪しく蠢くそれに蒼はぎゅっと目を瞑る。

 あの、言葉を紡ぐ長い指が自分のモノに触れている。

 零れる吐息の中に甘さが微妙に含まれていたことに、蒼は気づかずにいた。

 

 




   NOVEL   





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