三度目の運命 =14=




 食事をしながら話そう。

 天野の提案に異議はなく、尚貴は素直に箸を手に取る。目の前に並べられた皿はどれも食欲を誘うよう綺麗に飾られているが、すべて冷めても構わないものばかりである。

 前菜を始めとして、コースの半分は並んでいるのではないだろうか。

 今更ながらに気づいて問う視線を天野に向ければ、彼は食えない笑みを浮かべていた。

「あんたとは長丁場になりそうだったからな。話の邪魔をされたくないだろう?」

 尚貴の蒼に対する感情を計算した上でこの席を用意したというのなら、尚貴が今まで話してきたことも彼の予想内であり、彼の掌で動いていたというのか。

 それならば、先ほど『まいった』と呟いたあの言葉はなんだったのだろう。

 微妙な空気が漂う中、尚貴は自棄にも似た気持ちで箸を進める。それを見届けてから、ようやく天野が口を開いた。

「蒼からどこまで聞いた?」

「――高宮の大まかな業務は。個人対象の警備保障もしているってこともな」

「まあ、それでほとんどだな。付け加えるなら、建物などの安全管理やシステム開発なんかも手がけている」

「システム開発……」

「警備を売りにしているのに、他所の開発したセキュリティを使用するわけには行かないからな。独自の研究室を構えている。発信機もそこで用意してあるよ」

「―――それは、肯定と判断していいんだな?」

「ああ」

 発信機の存在があるのなら、天野が尚貴のマンションを訪れたこと、そして蒼を迎えに来た青年が蒼の移動先に現れたことも納得することができる。

 だが、蒼は手荷物などを持ってくる余裕がなく、尚貴の部屋に連れてきたときは当然手ぶらだった。発信機というのだから、常に身につけている必要があるはずだ。どこにそんなものを隠していたというのか。

「あいつの耳にイヤーカフスが嵌っていただろう? あれが発信機だよ」

「覚えがないな」

「そりゃ、気づかれないようにさせているからな。位置によっては、長めの髪の毛で完全に隠れるサイズで仕上げさせてある」

「そこまで手の込んだことをしなくても、ピアスでいいじゃないか」

「あの店では尖った物は着用できない。客を傷つけるようなものは身の回りから遠ざけてあるんだ」

 言われて尚貴はかつて一度だけ足を運んだ場所を思い出す。

 いわゆるクラブであれば、指輪だのネックレスだのと少しでも自分を高級に見せようと光り輝く物を身につけていたりするのだが、席についた少女たちはそれをしていなかったような気がする。

「しかし、たかがピアスだろう?」

「どんなものでも、先が尖ってさえいれば傷を作ることはできる。客の不評を買うことだけは徹底的に避けるのが原則だ」

 そんなものだろうか。

 何となく釈然としない尚貴をよそに、天野の声が続く。

「あそこは客に貢がせるシステムを敢えて無視している。ホストが飾り立ててしまえば、自然と客もホストの目を引くために何かを送るようになるだろう。それは店にとって得策ではないんだ」

 貢がせても肥えるのはホスト役であり、店に対する貢献はゼロに等しい。しかし、客が貢いだ物を取り上げることは、店の客に対する姿勢が疑われる。それならば、と店が作ったルールが物品の贈呈を禁止するというものだった。

 ではどうやってホストは自身の儲けを増やすのか。

「単純な話さ。客が店に金を落としてくれればいい。そうすれば店の売上は伸びるし、その分手当ても増える。ホストは、何人の客が自分にいて、どれくらいの金を使わせたかを競うわけだな」

「ずいぶんと気の遠い話じゃないか。それであそこで働く高校生どもが納得しているというのが理解できないな」

 尚貴は首を傾げ、その理由を考える。

 高校生を雇うリスクを背負う店はいくらでもあるだろうし、あの店にこだわる必要はないはずだ。尚貴が同じように働くのならば、もう少し待遇の良さそうなところにするだろう。

 もっとも、高校生らが貢がれた物をおいそれと換金できるような時代でもないが。

 それならば、と尚貴は思考をめぐらせる。浮かんだ理由は、それ以外の何かが彼らを惹きつけているというものだった。

「……あの店でなければ得られない物、か」

 聞かせるためでなく呟いた言葉に天野が小さく笑う。知らず俯きかけていた顔を戻すと、天野が苦笑を浮かべていた。本当に想像力が逞しいな、と誉めているのかわからない感想付きで。

「逞しければその理由まで思い浮かんだんだろうけどな。……で?」

「簡単なことさ。薬で縛ればいいんだ」

「……麻薬、か」

「そこまで深刻なものじゃない。病み付きになる傾向が強いというもので、廃人になるにはよほどの年月と使用回数が必要だが」

「そんなに弱いのに中毒になるのか?」

「感覚としては煙草を思ってくれればいい。無くても支障なく生活を送れるが、慣れてしまえば無いことに物足りなくなる。依存性の高い物、と思ってくれればそんなに間違いなはいだろう。客の相手をして金も入って気持ちいい思いもできるんだ。そこらでバイトをするより得だと思わないか?」

 少し前までは道端で堂々と声をかけていた高校生も、補導には勝てない。下手をすれば現行犯で連れて行かれるということもありうる。それならば、酔っ払いの相手をするほうがマシだ。そう判断した輩があの店に集まったということか。

 そこら辺で触れ回ってヘタな相手を捕まえるよりも時間と体力を有意義に使える、というわけだ。

「なるほどな」

「一度店に入った人間を外に逃がさなくて済むし、自らリピーターとして離れなくなる。店にとっては一石二鳥だよ。もっとも、あの店自体はすでに超法規的存在だからな。口コミで広がることはまずありえない」

 店はオフィス街の一角にあり、見た目も商社ビルと変わらない。そして、入店するためには専用の会員カードで扉を開ける。中にあるもう一つの扉との間では機械を用いて客のボディチェックを行い、ようやく禁断の世界が開かれるというわけだ。

 繁華街に溢れるほど存在するクラブとは比較できない、何よりも客を選ぶ店。そう天野は評価した。

「会員になるためには紹介しかない。どんなに金を積んだところで追い出されるのが関の山だ。だが、その一方で公の職業人が会員権を持つことを推奨している。一度入ってしまえばどんなに逃げようと証拠が残るから、毒を食らわば、というヤツだな」

 店に一度足を踏み入れればそれを証拠写真として店側が弱みを握る。しかし、それは店に対して害をなしたときだけに使用される条件を掲示され、彼らはそれ以降も店に舞い戻ることになる。

 しかも、おまけとして誰かを紹介することで特典が得られるのならば、ねずみ講のような増え方すら可能だ。

「何か質問は?」

「聴きたいことは山ほどあるんだが……とりあえずお約束ってやつだな。なんでおまえがそこまで知っているんだ?」

 会員となるためには紹介が必要なほど、厳重な情報規制をするクラブ『kaion』。その存在を知り、その内部事情すら把握するサラリーマンがほかの何処にいるというのか。

 天野は少し温くなったビールで喉を潤し、詳細は省かせてもらうが、と前置きした上で続ける。

「あの店に関する情報を集めていたからだ」

 警備をするにあたってはその依頼主、もしくはその対象の周囲を把握することから始める必要がある。状況把握ができないと何から守るべきなのか、それすらわからないまま無駄な時間ばかり過ぎてしまうことになる。

 場合によっては、その依頼主でさえ選定にかけることもある。彼らが本当に自分たちを必要としているのか、また、彼らが守るべき相手なのかを見極めるために。

『高宮』という企業は、客を吟味することで自分たちの地位と自尊を昔から守ってきているのだ。

 だが、偏に「情報」といっても範囲が定まらない。どれだけ相手が説明をしてきても、それは感情の入り混じったものであり、第三者から見た冷静な判断へと結びつくものではない。

 だからといって、本当の第三者に情報収集を任せることは秘匿義務を犯すことになってしまう。何処から情報が漏れるかわからない状況は歓迎できない。

 それならば自分たちで集めてしまえばいい。そう判断されて以来、高宮には情報部門というものが存在する。

「それがおまえのいる部門ってことか。肩書きは『秘書室』だったよな?」

「あること自体公にされていない。上役付きの部署であっても、実際に知る人間は僅か。部署といっても名称すら与えられていない、そんな存在すら疑わしいものだが」

 それに、と天野が唇に自嘲の笑みを浮かべる。

「条件があるんだよ」

「お前の本来の部署に入るためにか? それとも知るために?」

「両方、だな。あそこは代々高宮にいる家系かそれと認められた者だけが関わることになる、限られた空間なんだよ」





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