カウントダウンの恋




 彼と初めて会ったのは、小学校に上がる前の春。

 引越しの挨拶で訪れた数軒隣りの道場で、僕が、彼を見つけた。

「ここで最後にするから、もう少しだけ待っていてね」

 チャイムを押す前に告げられた母の言葉に、幼い僕はしぶしぶ頷く。だって僕は幼稚園に通わず、ほとんどを家で過ごすのが常。僕にとってはかなり長い時間、母に連れられて歩いていたのだ。

 おまけに大人たちの会話は何を言っているのわからないし、つまらない。

 見知らぬ大人と話す母の横に立っていたら、遠くから届いた聞き覚えのない掛け声が届いた。

 何だろう? と思ったときには、母の手を離していた気がする。

「おかあさん、あっちいってくる」

 声のする方へ向かうと、道場の中にはたくさんの人がいた。

 誰もが素振りの練習をしていて、振り下ろすたびに掛け声が上がる。離れているのに響いてくる声が少しだけ恐くて近寄れなかった僕は、一人の剣士に視線を吸い寄せられた。

 スポーツをやる少年らしく短く刈り込まれた黒い髪。

 胴着に包まれた、これ以上ないくらい伸ばされた背筋。

 虚空にいるだろう仮想敵を見据える強い眼差し。

 凛とした空気を醸し出すその姿に、目が釘付けになった。

 脇見をせず大人に交じって竹刀を振る彼は剣道に没頭し、離れたところから見つめる僕には気づかない。それをいいことに、じっと彼を観察した。

 もしかしたら自分とさほど年齢が変わらないかもしれない。だけれどもいくつも離れているようにも思える。

 胴着に身を包んだ姿は、子供でもあり大人のようにも見えた。

 虚弱対質な自分とは違い、大人のいる「社会」に溶け込む姿がそう見えるのだろうか。

 今の自分には決して真似することのできない姿。

 胸の中がもやもやしてきて、コートの上からそこをきゅっと掴む。

「聡里、どうしたの?」

 母親の声にはっと我に返る。いつの間に話が終わったのか、それに気づかないほど彼を見つめていたらしい。

「さあ、帰りましょうね」

 僕の小さな手を引き歩き出した母の後を歩きながら、未練がましく顔だけ道場に向ける。視線の先には変わらず素振りを続ける彼の姿があり、こちらを振り向く気配すらない。

 それだけが、悔しかった。





   NOVEL     1




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