「名前は?」
「蒼」
「苗字は?」
「気にすることじゃないと思うけど?」
「年は?」
「未成年」
「住んでるところは?」
「秘密」
「おまえと天野の関係は?」
「義孝さんが言ったとおりだよ」
「それなら、おまえと高宮の関係」
「前言と同じだけど、もう一回繰り返す?」
 答えといえない言葉を返していると、ふいに相手が溜息をついた。向けられる表情は苦い笑みを浮かべている。
「―――おまえ、それじゃ質問の意味がないじゃないか」




運命への岐路

 

 

 

 最近、ふとした拍子に尚貴との会話を思い出すことが多くなった。
 それは仕事中であったり、家事をしている最中だったり、とにかく集中力が切れた一瞬を狙ってそれは浮上してくる。
『アルバイトをする気はないか?』
 そう持ちかけられてからすでに半月が経ち、蒼は週に五日のペースで尚貴の部屋へと通う。
 居場所を借りていた時期と異なるのは、蒼がこの部屋で一日を過ごさないことと、尚貴の姿を見る回数が増えたことだろう。
 仕事の切りがついたと本人が言うことから、もしかしたら今は気分転換の時期なのかもしれない。仕事部屋に籠もりっきりのこともあるが、居間でテレビを見ていたり雑誌を読んでいることもある。
 そして言葉遊びのように質問が繰り返される。
 蒼が『何者』で『何歳』で『どこに住んで』『天野とどういう関係』なのか、と。
 蒼の所属する『高宮』は、いわゆる警備保障を主業務とする会社だ。だが、それはあくまでも表向きは、という条件がついた。
 天野のような人材を筆頭に、自社とまったく関係のない企業に潜りこむこともあれば、探偵のような真似事をすることもある。社員であっても関わりを持たないものが多い「裏」セクションに蒼は所属している。
 未成年である蒼が『高宮』に所属しているなんてことを知っているのは、中核に近い人物のみ。深く踏み込まない限り、蒼と『高宮』との接点は見つからない。そのように設定されているのだ。
 蒼という人間の情報を明かすことは、最終的に『高宮』という組織そのものにたどり着く。蒼の立場というよりも、蒼自身がそれを話すことを良しとしていない。
 そんな状況下の生活を、果たして彼にどこまで話していいものか。
 天野に相談をしてみようかと思ったこともある。だが、彼は今現在出張中で使用で連絡を取れるほど時間に余裕はないはずだ。たとえ相談したとしても、それは自分で判断することだ、と軽くいなされるだろう。それくらい自分で考えろという小言付きで。
 これが接点の薄い他人だったら、蒼も簡単にあしらうことができる。付き合いに重きを置かない人間には何をどう邪推されようと気にしないからだ。
 そしてまた、その場以降の付き合いを想像する必要もない。
 対面している場さえ乗り越えてしまえばあとはどうなろうと無関係だ。
 裏を返せば尚貴が他人ではないということになるが、あらためて意識をすると首を傾げてしまう。
 他人であって、他人ではない人間。
 この矛盾した言葉が一番当てはまる気がする。
 
 
 
 そもそも、尚貴という人物は何をもって蒼を傍に置こうと決めたのだろうか。
『おまえを知りたい』
『おまえに興味があるんだよ』
 そう言って尚貴は蒼を迎えに来た。寒い中わざわざ蒼が仕事を終えて出てくるのを待っていたらしい。
 あの時触れた肌が冷たく感じたのを今でも覚えている。
 そして、重ねられた唇が温まるまでに時間がかかったことも。
 だからといって、尚貴の持つ『興味』が『恋愛』だと決まったわけではない。その証拠に、彼はあれ以来触れてきたことはないのだ。
 こちらが殊更意識をして距離を保っているのもあるかもしれない。だが、それすらも突破するのが宮古尚貴という人間だと蒼は思っている。
 容姿はいうまでもなく、おまけに誰もが一目を置く才能を持つ人間。
 彼が相手に不自由したという話は聞かないし、たとえ本人が口にしたとしても誰も信じないだろう。
 寄るもの拒まず、去る者追わず。
 それを地で行く彼が、蒼に興味をもったという。
 彼の口から理由を聞いたわけではないが、蒼には想像がついた。
 自分が彼に対して唯一逆らってみせた相手、だから。
 彼の周囲にいる女のように彼にしなだれかかることもせず、彼の気を惹くような動作もしてない。同じ屋根の下にいたとしても、彼の注意を向けさせるようなことすらしなかった。
 そして、彼に明かしていない秘密がある。
 秘密を持っていると匂わせておきながら、それを少しも彼に囁くような真似はしなかった。その上、彼の中で「知りたい」と思う気持ちが膨らんできた頃に、意図せず姿を消すことになったのだから、余計にその思いは燻ったことだろう。
 彼は蒼のバックグラウンドを知ることがその第一歩だと踏んでいるのだろうか。そうだとすれば、飽きずに繰り返される問いかけも説明がつく。
 彼が知りたいのは「蒼」という人物の陰そのものであり、蒼自身ではないのだ。
 「蒼」を知った瞬間に来るだろう終わりが想像できる。
 そしてきっと―――きっと、その日は近い。

 



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