クリスマスの正しい過ごし方
之路の通う高校は、クリスマス前の三連休に合わせて金曜で二学期も終了する。私立ならではのスケジュールだ。併せて三年でもあることから、卒業までにここへ通うのは両手の指分もない。
夏休みの登校で外部受験へ切り替えると宣言した之路は、学年担当の教師たちを驚かせた。内部推薦で乗り切るつもりだった生徒が突然受験勉強を始めても遅いと言う彼らの言葉を振り切り、独学を始めた之路にまっさきに動いてくれたのはこの担任だった。
彼のおかげで外部受験組の中でも早くけりをつけることができたのである。初めて教師だったんだなと認識したのだから失礼な話だ。
担任から自分の成績表をもらった之路は、手元にあるそれを一瞥しながら席へつく。クラスメイトと評価を比べる趣味もなく、早々に帰りの支度を始めた。
『どこかに出かけるか』
初めて之路が天野の仕事を邪魔した日、彼は之路を膝に抱き上げて言った。たまにはのんびり過ごそう、と。それは仕事に追われる彼自身の願いでもあり、お互いに気を使っていた空気を解そうという彼なりの提案だった。
本音を言えば、今でも出かけることが魅力的とは思わない。之路は天野と一緒に居られればいいのだ。
当り障りのない担任の言葉が終わり、解散の号令がかかると同時に之路は教室を後にした。
準備をしなければならないし、買いたいものもある。彼が仕事中なのは知っているけれど、遅くとも三時頃には着けるだろう。
足早に駅に向かった之路は、しかし、途中で計画変更をすることになる。
「……まだ機嫌は直らないのか?」
こちらを窺う口調に、之路は沈黙を守った。上目使いに見上げれば、困った様子を隠さない恋人が居る。
学校を後にした之路は駅にたどり着く間もなく、車で迎えにきた天野に「拉致」され、気づいたら高速に乗っていたのだ。促されるまま降り立った場所は高校生では臆する旅館だった。
今は女将に案内をされた部屋に荷物を置き、彼女の挨拶が済んだ直後である。
「……今日、仕事は?」
ようやく口を開いたことに安堵したのだろう、天野の体は緊張を解く。
「有給を使った。心配させてたようだし、早くお前を迎えに行こうと思ってたからな。それが裏目に出るとは夢にも思わなかったぞ」
「それは……っ」
天野が苦笑とともに告げた言葉に之路は慌てる。
突然迎えにきた恋人に驚いたものの、それを嬉しいと思わないはずがない。一時でも早く傍にいたいくらいなのだから。
機嫌を損ねているのは別の理由なのだ。
「だって、何も言わなかったじゃないか。着替えだって、わざわざ用意してるし……」
家に帰る暇も与えられなかったのだから、着替えは全て天野が買い揃えた新品なものしかない。迎えに来る前に揃えたというのだから、計画犯だということもわかっている。
面白くないのは自分の都合も聞かずに拉致してくださったことだ。
おかげで之路の中にあった計画全てが狂ってしまった。
「構わないだろう。買っておけばお前が泊まりに来るときにわざわざ荷物を持たなくてすむ」
「もったいないってば」
家にあるのに、と呟けば、天野が喉で笑う。
「だったらこう言おうか? 脱がせたいから買うんだよ」
「…………もっとやだ」
親父発言に之路は呆れた顔をした。どこからこんな発想が出てくるのだろう。考えて浮かんだ顔にさらに脱力感が募る。
―――原因といわれた彼が聞いたらなんと返ってくるも想像がつくのが複雑だ。
類友なのかな、と考えたらなんだか意地を張っているのもばからしくなってきた。結局彼の言葉と態度で許してしまうのだから、だったら少しでも早いほうがいい。
之路は大きく深呼吸をすると、こちらを見守る恋人のほうへと近寄る。
「之路?」
「言いたいことがたくさんあるけど……もういいや」
ただでさえ、時間を無駄にしたと思う。
もっと素直に喜べばここまで来る時間も楽しく過ごせただろうことが悔しい。
子供じみた拗ね方はやめにしよう。
「迎えに来てくれてありがとう」
天野の前にぺたりと座り込み、膝の上にある彼の手を両手で包む。
自分の手を簡単に包み込んでしまうこの手が、頑なだった之路を変えてしまった。誰かを頼ること、そして拠所の存在を教え込んだ人物。
それでも甘える前にひとつだけ言っておかなければならない。
「でも、あんたも悪いんだよ。俺、やりたいことあったんだから」
「……ああ、悪かった」
ようやく許可が出たとばかりに天野は之路の腕をとり、相変わらず細い身体を引き寄せた。抗う気配も見せず、その体重を預けてきた之路の頤に指を引っ掛けて仰向かせる。
「その埋め合わせはどうすればいい?」
「――あんたの休みを全部、俺に頂戴。仕事から離れて、俺のことだけ考えて」
携帯で呼び出されるなんてなしだからね。
挑戦的な言葉と潤んだ瞳。相反する存在が之路の心境を露わにする。
表情が本当に多くなった。それがどれだけ自分の心を震わすか、幼い恋人は気がついていない。
「……当たり前だろう」
ふっと笑ったその表情を見る間もなく、之路の唇に約束が熱く刻まれた。
ご飯を食べて、温泉に入って、寝て。
場所を変えても二人で過ごせば、この三日間何をしていたかなんて愚問だろう。
流れる風景をぼんやりと見やっていた之路は、無意識に溜息をついた。騙しながら動かしていた身体が悲鳴をあげている。瞳も熱を出したときのように潤んでいるだろう。
「眠ってもいいぞ」
今は台数が減ってしまったMT車を動かしながら、天野が声をかけた。信号で止まったのをきっかけに、ギアから手を離して之路の髪を撫でる。
「……うん」
与えられる温もりを甘受しながら、之路はそっと目を閉じた。
この旅行の間に、天野は之路から「やりのこしたこと」をしっかりと聞き出していた。
彼に似合いそうな手袋を見つけたこと、それを買いたくてでも結局天野自身に邪魔をされて買えなかったこと。買おうと思って、それが親の金であることが之路を思いとどまらせたこと。之路の中でわだかまりになる前に、彼は全てを吐き出させた。
ストッパーが働かないときに語らせた天野をずるいと思う。そう告げたら彼はなぜか嬉しそうに抱きしめてきた。
天野が喜んだ理由は未だにわからない。それでも、彼が満足そうだったのは知っている。
だったら良いか。
納得してしまう自分はやはり変わったのだと思う。
「……之路? 寝たのか?」
優しい声が之路を包む。それに返事をしようとして、之路は失敗した。
意識は羽のように柔らかな睡眠へと引きずられていく。
優しく呼ぶ声が、なによりも頼りになると知っているから。
『傍にいる』
――――貴方のいる場所が僕の場所になる。
NOVEL
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