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 執筆のための取材を口実に、三泊四日の予定で東京を離れ一路西へ。
 秘書代わりのアルバイトと称して蒼を連れてきた。もちろん天野の了承は得ている。
 たかが取材旅行に秘書は必要ない。さらに言えば、一泊二日でも構わないほど取材範囲は狭いのである。それをわざわざ延ばしたのは、蒼を少しでも都内から離したかったからだ。
 蒼は最近、遠くを見るようにぼんやりとすることが増えた。まるで誰か人を待つかのように、じっと床に座り窓に寄りかかっていることが多い。
 だからといって、こちらのことを無視するわけでもない。実際に、尚貴がその場に留まって見つめれば視線に気がつくのだ。
 何か悩みを抱いているのかもしれない。
 そう思って聞き出そうとすれば、喰えない笑みを浮かべ、尚貴からの質問を封じてしまう。
 これ以上触れて欲しくない。
 言葉にされたわけではなく、彼の目がそう訴えていた。
 蒼のバックグラウンドは大体のところを聞いたと思う。その中の何かが今の蒼に影響を与えているのだとしたら、尚貴にできることは待つことだけだ。
 どんなに言葉を尽くしたとしても原因が蒼の中で消化されない限り、ただの雑音でしかないのだから。
 遊びではないとはいえ、この旅行が彼にとっての気分転換になればいい。
「―――ですから、ここの構造が……」
 取材相手の話を聞きながらメモをとる一方で、尚貴は傍らを離れた蒼の気配を探す。この建物に入る前に、彼は静かに離れていった。おそらく外から撮るか、別の対象をファインダーに捉えてるのだろう。
 カメラの視点は、撮る側の視点でもある。
 例え同じ物を撮ったとしても、まったく同じ写真が出来上がるわけではないのだ。
『お前の思うままに取材先の写真をとってみろ』
 取材に来る前、蒼に一台のカメラを託してある。彼の撮った写真からも何か発想が浮かぶかもしれないと思い、深く考えずにとった行動だった。
 よくよく考えれば、彼が何をどう映すかは、彼の心を映しだすことにもなるかもしれない。
 それなら、いっそのこと今蒼の抱えているものが写真の中に含まれてしまえばいい。
 解決ができないにしても、蒼の中から飛び出てしまえば彼の心にかかる負担が軽くなるような気がした。
 
 
 
 担当との通話を終え、携帯を折りたたんだ尚貴は溜息をつく。プロットの一部に修正を加えたくなり連絡をしたのはいいものの、余計な接待話にまで発展してしまった。担当は自分よりも三歳年上の中堅どころ。話も巧いし、飲むだけなら構わないのだが、他の余計な同僚までがくっついてくるのがネックだ。
 結局彼に押し切られ、次の作品が上がった頃にとまとまった約束が今から重い。
「……仕上げるのやめるか」
 できもしないことを呟き、尚貴はそのままベッドへひっくり返った。打ち合わせで使ったノート類が錯乱しているが、それは目を瞑ることにする。
 マンションと違い隣人の声や周囲の音が完全に遮られるこの部屋で、尚貴の耳に届くのは水音だけだ。蒼は今、その音源の場所で寛いでいることだろう。
 断続的に聞こえるシャワー音を脳裏で受けながら目を瞑る。その体勢で頭の中で登場人物を動かし、ストーリーを練り上げていくうちにいつしか意識が沈んでいく。
 だが、突然襲った光に尚貴は目を覚ました。
「…………っ」
 数度瞬くと、ゆっくりと上半身を起こす。状況判断をするべく部屋を見渡せば、ほど近いところに蒼が立っていた。その手には預けたままのデジタルカメラがある。
「あ、ごめん。起こした?」
「おまえなぁ……」
「だって、珍しく居眠りしてるから」
 ね、と笑いかけてくるその笑みは無邪気そのもの。おまけに理由にならない言い訳を口にされては怒る気力が霧散してしまう。
 力いっぱい脱力した尚貴に小首を傾げた蒼は、デジタルカメラを手に尚貴へと近づく。尚貴が目の前に来た細い腰へ腕を回すと、くすくすと笑いながら尚貴の唇に小さなキスを落とした。気分を下降させたことに対する宥めだとわかっているから、尚貴は離れるそれを追いかけたりはしない。
「怒った?」
「むしろ呆れた。人の寝顔撮って楽しいか?」
 中腰のまま上目遣いで見上げてくる恋人に、尚貴は溜息交じりに問う。あっさりと頷くかに思えた蒼は、しかし悩むように間を置いた。
「蒼?」
「あ、うん。楽しいってより何て言うのかな……」
 言葉を探すために子供のような仕草で首を傾げた蒼は、しばらくして尚貴のほうへと向き直る。
「ううん、違う。嬉しいんだよ」
「嬉しい?」
「だって、寝顔って誰もが見られるわけじゃない。今の尚貴さんは、僕だけしか見られないもの。それって、僕に対して気を許してる証拠じゃない?」
 確かに、無警戒の寝顔は誰もが見られるわけではない。特に尚貴は気を許した相手以外には見せない。実際、蒼より以前に躰の関係をもった相手に見せた回数は限られている。
 だが、寝顔を見ることだけなら別段珍しいことではないはずだ。
「写真に撮る理由と繋がってないぞ」
「それはほら、手元にカメラがあったから」
「…………」
 寝てる尚貴さんを撮りたくて、と悪びれる様子もなく告げられてしまえば苦笑を浮かべるしかない。
 尚貴は目の前にある手を掴んだままベッドへ背中から倒れた。さしたる抵抗もなくついてきた細い躰と胸を合わせ、至近距離から見詰め合う。
「……寝顔を撮られると魂まで吸い取られるって言うぞ」
「尚貴さん、たまに古いこというよね。ああ、でもいいな、それ」
 彼の小さな笑いが躰を通じて尚貴に届く。そのどこか恍惚とした声音に尚貴は眉を顰めた。
「蒼?」
「もし、本当に魂を吸い込んだら、貴方は僕だけのものだもの」
 視線を落とし、呟くようなその囁きはひどく儚い。だからこそ、彼が心の奥底でそう思っていることがわかる。
 ―――俺が他の誰かのものになると思っているのか?
 そう問いかけるのは簡単なことだ。だが、問いかけたところで返ってくる言葉は取り留めのないものだろう。
 これは、尚貴が答えを与えるべきことではない。結局は、蒼自身が答えを見つけるべきことなのだ。
 その代わりにと、尚貴は細い躰を抱きしめた。
 
 

 

 


 突発的に書いてみた短編ですが……どこぞのカップルみたいになってしまいました(反省)。でも、そっちでは使えないネタなのでこの二人が登場したわけです。
 時間軸としては「運命」のちょい先くらい。之路が登場する頃には完全なバカップルと化しているはずです(笑)。



NOVEL



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