星に託す願い


 

 薄暗い照明と控え目な音楽、質の高い調度品が大人の隠れ家的雰囲気を醸し出す店、Bar bromista

 一見の客にとって入りにくい雰囲気はあるものの、だからと言って遊び心を持たないわけではない。

 その一つとして年に一度、この季節だけに行う演出があった。

 それは毎年入口から目に付く場所に飾られ、ひっそりと自分の季節をアピールする。

 

「……そうか、もうそんな時期か」

 色とりどりの飾り付けをされた笹に気付き、尚貴は呟いた。

 普段暦とは縁のない生活をしているせいか、こういったイベントに疎い。いつぞやはクリスマス直前に部屋から一歩も出ない日々が続き、クリスマス自体を忘れたこともある。

 もとより予測していた相方は仕事に出てしまったのだが、それはそれで情けないものがある。

「そう、そんな時期です。ということで、どうぞ」

 カウンターの中から差し出されたのは色取り取りの短冊とサインペン。

「お前、まさか俺に書けと?」

「いいでしょ。大人こそ子供心は大事だよ? 童心に帰れるし」

 小さな笑みを浮かべる相方に、尚貴は肩を竦めてみせた。

「確かに、こういったイベントは成長してからの方が目に付く。学生のころなんか全く興味なかったからな」

 幼心に楽しめたイベントを青少年期は振り返らず、しかし大人になれば再び視線を向ける。成長するにつれて隠していた幼心を刺激されるのだろうか。

「そう言われればそうかも。僕は施設のイベントに巻き込まれてたから強制的に参加してたけど」

「お前らしい。……自分の感情を少しでも外に出したくなかったのかもしれない」

 曖昧な年代とも言える学生時代。大人であれ、子供であれ、と時に反する言葉で押さえつけられることも多々ある。

 あの頃は自分なりのプライドがあり、心情を吐露するということが弱音を吐くことに繋がると信じていた。

「こんな何の効力も持たない短冊でも、文字にすれば誰かの目に留まる可能性がある。文字になったことが弱音だったら、誰にも見られたくないよな」

 呟いた尚貴の心に浮かんだ、一人の人物。

 昨年、短冊に書くを断った彼の、心の奥底に隠された願いは今でもわからない。

「……そうだね」

 同じ記憶が過ぎったのか、蒼が複雑そうに笑う。

 人を警戒し、人と関わることすら放棄しかけていた姿は、見ている方が痛かったから。

 

 短い沈黙は、蒼が表情を変えたことで終える。柔らかな目線が向けられるのはただ一人しかいない。

「いらっしゃい。まだ雨降ってる?」

「ううん、もう止んだよ」

 初夏らしくこざっぱりとした服装の之路は、尚貴の隣りに腰掛ける。

 蒼が之路の前にコースターを置き、お絞りを手渡す。笑みを浮かべながら素直に受け取る彼に警戒心はかけらもない。

「お前、そろそろ期末じゃないのか? ちゃんと勉強してるんだろうな?」

「してますよーだ。今日も図書館で勉強してから来たし」

「来週からはテストが終わるまで店に来ちゃダメだよ」

「……はぁい」

 出入り禁止を言い渡され、彼はつまらない、と表情に出す。

「そういえば天野さんは、まだ?」

「なんだ、待ち合わせか?」

「そう。今日は家庭教師してもらおうと思って」

「5教科以外に何の教科を教わるつもりだ?」

「お、教わらないよっ」

「なら、賭けるか?」

 賭けると言おうが言うまいが、之路に得なことはひとつもない。

 言葉を発する代わりに、之路は勢いよく外方を向いた。

「尚貴さん、苛めすぎ」

 蒼は大人気なさを咎めながら、注文ないまま作り上げたカクテルを之路の前に置く。

「はい、之路」

「ありがとう、蒼さん」

 いつからか、彼は蒼のことを本名で呼ようになった。それまでは尚貴が「蒼」と呼んでいても、「ソウ」で統一していたのに。

 これも、天野の影響だろうか。

 ふと、目前に置かれたままの短冊とサインペンが視界に入った。それを之路に差し出す。

「ほれ」

「何、これ。短冊?」

「そう、七夕当日までに来たお客さんに書いてもらってるんだ。結構好評なんだよ」

「お前も願い事書いてあそこの笹に付けてくれば?」

「願い事……」

 小首を傾げる之路の瞳は短冊に釘付けになっている。拒むかと思えば意外と真剣に短冊と向き合う之路に、二人は目線を交わした。

「去年は嫌がったのに、今年は書く気になったのか?」

「あれは……嫌がったんじゃなくて、書けることがなかったの。どうせ、何も変わらないと思ったし」

 困ったように答える之路に、蒼がやさしく問いかける。

「それなら、今年は?」

「今年は……」

 言葉を捜すように目を伏せた之路は、やがて小さな笑みを浮かべた。

「書かない」

「書けない、じゃなくてか?」

「うん」

 明るい表情で頷いた之路は、手に持っていた短冊とサインペンをカウンターに戻す。

「願い事は、自分で叶えたいんだ」

 なんてね、と誤魔化すように続けた之路は、二人の視線から逃れるようにグラスへと手を伸ばした。

「……ユキ」

 自分達が思うよりも、之路は前を見据えている。

 そのきっかけがやはり彼にあるのだと思うと、喜ぶべきか悲しむべきかと悩むところだ。

「ま、そんな考え方もありだよな」

 彼もまた、同じことを考えているのだろう。

 同意をしつつも複雑な感情を隠せない尚貴に、蒼は苦笑を浮かべた。





リハビリがてら書いてたら七夕は過ぎてしまいました……お約束。


NOVEL





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