終了宣言

 

 

 昶が和意に連行されて早数分。残された生徒会面子は閉ざされた応接室の扉を見つめていた。
「……中、どうなってるんでしょうか」
「完全防音だから聞こえないしね」
「つまらんな」
「会長はそれをいいことによく籠もってるじゃないですか」
「金児には迷惑かけてないだろう」
「掃除するのは俺なんですよ!?
「拙い物は残してないはずだが」
「残ってても困ります!!」
 三者三様に好き勝手なことを口にしていると、勢いよく生徒会室の扉が叩かれた。金児が慌てて開けに行くと、息を切らせた聡里が入ってくる。
「工藤?」
「昶は!?
「ええと、小泉か?」
「そうだよ! ここに来たんだろう!?
 どうやら昶が走る姿を見たか聞いたらしい。
 息を整えず金児に向かうその姿は、怪我して病院へ運ばれた子供を心配する保護者そのものだ。そうなると金児はさしずめ病症を説明しようとする医者といったところか。
「昶くんなら和意とここにいる」
 これに対し、のんびりと声をかけたのは斎賀だった。指で応接室を示すと、聡里がきつい眼差しで生徒会長を睨みつける。
「なんで、和意先輩と……」
「それはもちろん、最終結果が出たからだろうね」
「最終結果……」
 斎賀の言葉を繰り返して呟き、聡里は応接室へと続く扉を見やる。頑丈なそれを暫し睨みつけていた聡里だったが、やがてあからさまな溜息を落とした。ようやく感情が落ち着いたのか、再び斎賀へと向けられた顔に先ほどまでの険しさはない。
 それを感じ取り、斎賀は聡里をソファーへと促した。お茶を入れましょう、と高橋が金児とともに簡易キッチンへと向かう。
「……結局会長の思惑通り、か」
 腰を下ろしながら呟いた言葉に、斎賀が反応した。
「おや。気に入らない?」
「納得したら昶に悪いです」
 本来、二月のイベントでは相手持ちの生徒を選ばないという暗黙の了解がある。いくら人気投票で名指しをされたからといって、恋人が自身以外の誰かにチョコレートを配る姿なんて見たくないだろう、と、ずっと上の代が考えて今に至っている。
 それなのに今回、聡里が参加者として選ばれたのはなぜか。その理由は偏に昶という存在だ。
「今回の企画自体、昶に和意先輩を意識させるためだったっていうんですから」
「僕は親友のために一肌脱いであげただけなんだけどね」
 うっそりとした笑みを浮かべて答えるのはもちろん斎賀だ。

 代々続いているイベントだから、というのはまさに名目でしかない。一部では批判も出ており、斎賀自身、このイベントの価値を認めていない。実際に今期生徒会が発足した時点での話し合いでは、この「鬼ごっこ」を無くそうという会話もしていた。

 それが一変したのは、和意の思惑に答えたからである。
 和意が協力をしてくれといったのは十月も過ぎ、慌しかった文化祭を終えて少し気が抜けていた頃。おそらく和意が昶を意識したたのは文化祭の最中だろうと思う。それまで彼の中の昶は、聡里と並んで有名な、ただ単に人気のある後輩でしかなかったのだ。
 何がきっかけになったのかを斎賀自身聞いていない。だが、
『イベントに乗じて落としたい相手がいる』
 相手に不自由のない悪友がそう口にした瞬間、その顔を見るこちらのほうに照れが生じたのだから、変な話だ。
 推薦で昶が二月のイベントに担ぎ出されるのは予測がつく。それならばそのときに昶と和意が近づく時間を作ればいい。あとは聡里を恋人である芳原誠吾とともに呼び出し、説明をして協力を促せれば充分だ。
「前にも言いましたが、本意ではありません。しなければ、昶は孤立無援だった。だから僕は引き受けたんです」
 恋人がどんなに友人をフォローしようと、聡里にとっては昶のほうが和意よりも数十倍も大事だ。何よりも計画を聞いた当初、彼が何処まで本気なのかが聡里には判断できなかったという理由もある。
 むっとしたまま黙り込んだ聡里の反応に、和意はなぜか好感を持ったらしい。重ねて協力を呼びかけられてようやく、彼の言葉が真摯に聞こえた。彼が一度も視線を反らさなかったことも、起因しているだろう。
 頷く前に、聡里は条件を突きつけた。
 昶が嫌がったり泣いたりした瞬間、敵に回りますよ、と。
 ただ、誤算だったのは、昶をその延長である「鬼ごっこ」に指名しろという声が多かったことにある。これで担ぎ出さねば他の生徒が不満に思うのは当然で、結果、昶の追われる日々が出来上がった。
 おかげで二月のイベント以降、まともに話すチャンスは廊下ですれ違うときだけ。それもなぜか昶が聡里の後ろに隠れることが多い。それが和意を意識しているせいなのかが判断できず、それどころか最後にはこちらが近づく前に逃げ出す始末。
 おまけに、ホワイトディの賭けについて誰かが話したせいで、事態は最悪な形で露見した。
「人生、何が転ぶかわからないな」
 理由が何であれ、昶のほうが生徒会室へと近づいてきた。捕まえさえすればこちらのものとばかり、和意があの細い身体を担ぎ上げて密室へと籠もっている。
 よかったよかった、と、暢気に笑う斎賀に聡里が不満の声をあげた。
「……僕としては不本意なんですけれどね」
「それは親友の身を案じて?」
「あたりまえです」
 即座に肯定する聡里に、斎賀は肩を竦めた。
 和意の噂のすべて、とは言わないが、そのうちの半数以上が真実だと聡里は知っている。去る者追わず、というのが定着したのだって、振られた人間が溜まりに溜まって噂を流したに過ぎないことも。
 和意自身は何とも思っていないようだが、今後、その噂が昶の周りにまで浸透するかと思うと、聡里としては気を抜いて入られない。有名税だとしても、昶が傷つくのは想像できる。
 もっとも昶の身に何かあったときは、遠慮なく生徒会が潰すだろうが。
 それに、と聡里は一向に開かない扉を一見する。
 噂はもちろん普段の言動からも、和意は間違いなく昶に対して手を出しているだろうことは想像がつく。それは別に昶が受け入れるかどうかで、聡里にはどうしようもないことだ。
 ただ、本人たちが目に見える場所に居らず、しかしその居場所を知っているという状態は、どうも居心地が悪い。いらぬ想像をしてしまう自分を認めて、聡里は大きな溜息をついた。

 昶にはあとで連絡をすることにして、ここから離れたほうが精神的に楽かもしれない。

 そう判断して暇を告げようとした聡里は、斎賀の言葉に動きを止めた。

「さて、お祭りを終わらせるかな」

 浮かぶ笑みは間違いなく面白いことを企てたといわんばかりのものだ。付き合いは長くなくてもわかるほど、今の彼が上機嫌なのを知る。

「金児、放送の用意」
「はい、すぐに」
 頷いた金児がどっしりとした会長机の更に奥に向かう。首を伸ばしてその様子を窺った聡里は機材を見つけて驚きの声をあげる。
「放送機材……」

「一々放送室までいくのも面倒だからね。先日の呼び出しもこれでやったんだよ」

「面倒って……」

 高橋のあっさりとした説明に、聡里はただ呆然とすることしかできない。

「会長」

 金児に促されて斎賀が立ち上がった。何をするのかと聡里が見守る中で、彼はマイクの前で小さく咳払いをすると、いつものように逆らうことを許さない口調で話し始める。

 単純かつ明快な言葉が校舎内に響き渡り、生徒の異様な騒ぎがあちらこちらで勃発するのはまた別の話である。

 
 
「全校生徒に告ぐ。この放送とともに終了とし、また、会長の名において廃止を宣言する」
 
 

 
 ……おまけのくせになんでこんなに長いんだろう。やっぱり短編は書けない身体なのでしょうか()
 とりあえずこれで23月のイベントは終了です。ご感想等、いただけると嬉しいです。



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