@婀娜華サマ


雪華



 しんしんと雪が降る。

 雪が降る冬の寒い日は、すべての音を小さな結晶の中に閉じ込めてしまったように静かだ。

「雪だ」

 大学が春休みに入る日を知っていたのか、最後の試験が終わった日の夜、総一郎は響を拉致するように車に乗せた。運転していたのは、珍しく総一郎自身。

 自分でハンドルを握ることがない総一郎を知っている響は、車が向かっている先よりも、事故に合わないか不安だった。しかし、運転は予想外に上手く、響は何時の間にか夢の世界の住人になっていた。

 揺り起こされ、覚めた目が見たものは、山奥に建つ一目で老舗だとわかる立派な温泉旅館だった。

 旅館は四棟の離れと、受付と従業員が滞在する部屋がある母屋があるだけ。しかしそれぞれが大きいわけではない五棟の建物があるには広すぎる敷地を有していた。

 建物は一つ一つが離れており、間には日本風の庭に馴染む垣根の塀があった。客同士か不用意に顔を合わせないための配慮だ。密かに旅行を楽しみたい人間にはうってつけの旅館だろう。

 四棟あるうちの一つに通された響は、構ってくる総一郎を無視し、温泉と食事を堪能した。そして、日が落ちてから数時間後、自分達の話し声以外しない静か過ぎる夜を不思議に思い、重たい雨戸を開けた。

「総一郎、雪が降っている」

 春休みとはいえ、まだ二月の始め。春の訪れはまだ遠い先の話だ。東京よりも北に位置する場所に雪が降ってもおかしくはない。

「あぁ…天気予報でそんなことを言っていた」

 響が酌をしてくれるわけもなく、一人で飲んでいた総一郎は立ち上がり、放り出されている羽織を手にとった。空から降り続ける雪を眺めている響の肩に掛ける。

「風邪をひく。…これは積もるな」

 既に薄らと雪化粧をしている庭を見渡す。

「最悪」

 羽織に腕を通し、冷えてしまった身体を擦る。総一郎が伸ばした腕からは、すり抜けるように逃げた。

「雪は嫌いか」

 雪が降る庭を見つめていたので好きなのかと思ったが。

「寒いのが嫌い。…雨戸、閉めてくれる?」

 雨戸を開けたの人間から向けられた早く閉めろと責める視線に肩を竦め、総一郎は腕を動かす。

「温泉はいい。食事は美味い。けれど、雪はいただけない」

「天候はどうすることもできん」

 不機嫌な響の声に、肩を竦める。

「寒さが苦手なことはわかったが…雪は嫌いか」

 響は座椅子に座り、先ほどいれたばかりの茶を口に運ぶ。温いと感じるのは気のせいだろうか。

「好きだと思ったのか」

 今日、ここに連れて来たのはだからか。

「冬らしくない、と言っていただろう」

「…何時の話だ」

 年が変わる四日前、総一郎が社長を務める会社を訪れた。呼び出されたわけではなく、用事があったわけでもない。気が向いたから、行った。

 そして、五十階建ての高層ビルの最上階にある社長室の窓から地上を眺めた。前日、つけっぱなしにしてあったテレビに流れていた冬の雪景色を思い出した響は、つまらなそうに零したのだ。

 一ヶ月以上も前の話だ。

「やっと休みがとれたからな」

 雪景色が見たかったわけではない。

 総一郎の勤め先に行ったのは、冬らしく白く染まった東京の街を見たかったからではない。窓の下の光景は、たまたま視界に入ってきただけ。そして、感じたままを言葉にしただけだ。

 先ほど見た雪が降る庭は、確かに冬らしい。

「馬鹿。やっととれた休みならばもっと有意義なことに使った方がいいだろう」

 重厚な樹で造られた木目が美しい卓袱台を挟み、目の前に座った総一郎に呆れた視線を向ける。

「やっととれた休みだから有意義に使っているだろう」

 何時もは心臓を射抜くような鋭い眼光を放っている目が、優しく微笑む。それは作られたものではなく、自然なもの。

 包み、守るような視線が、響には居心地が悪い。逃げるように顔を逸らした。

「雪は嫌いじゃない」

「そうか」

 笑う気配を感じ、言ったばかりの言葉を撤回したくなる。赤くなっている頬を隠すように顔を下に向け、

「本当に馬鹿だな、総一郎…。俺の言葉に一々反応するな。意味を持っていないものが大半だ」

「心得ておこう」

 何を言われようと、今後も総一郎は響の言葉一つ一つを聞き逃さないだろう。そして叶えられることは叶えていく。

「雪が降らなかったらどうするつもりだったんだ。天候はどうすることもできないんだろう」

「既に雪がある場所に行ければよかったんだが。正直な話、この休暇は無理やりとった休暇だ。何時、連絡が入ってくるとも限らない。内容によっては戻らなくてはいけないだろう。東京から遠すぎる場所は無理だったんだ。ここは呉が調べに調べ、絶対に雪が降ると太鼓判を押した場所だ」

「呉さんが…」

 秘書も大変だと響は苦笑する。

「考える暇もなく連れて来られたけれど、一応、お礼は言っておくよ。ありがとう。綺麗な景色だった」

 天宮家の庭に比べると小さいが、綺麗にまとめられた日本らしい庭に雪が積もっていく様は美しかった。東京では見ることが難しかっただろう。

「では、私も礼を言おうか」

「何に?」

 礼を言われることは、何もしていないはずだ。文句を言われることは、今日だけでも何回かしている自覚はあるが。

「そそる浴衣姿を見せてもらえたことに」

 部屋についている温泉は内風呂と露天風呂の二つ。雪が降る前に、総一郎が入ってこないように露天風呂に通じる扉に鍵をかけ、一人で入浴した響は、既に浴衣姿だ。ただし、浴衣を着慣れていない響の襟元は、はだけてしまっている。そこから、二日前につけられたキスマークが覗いていた。

 俯いていた顔を上げ、いやらしく笑う総一郎に冷やかな視線を浴びせる。そして深い溜息をついた。

「本当に馬鹿だな」




 今回は「4周年のプレゼント何がいいですか〜?」と聞かれ、遠慮なく「ひねもす!」と応えました。この二人の日常ラブラブが見たかったので、かなり大満足♪ れくサマ、ありがとうございます!
 何だかんだ言いながら響が自覚なしで負けてるところがいいのです(笑)。それを知っていて甘やかす総一郎さんはかなりの悪! だと思うのですが。。。
 まだこの話を知らないという貴方、損してますよ〜。さぁさ、こちらへLET'S GO!
業務連絡:mailトラブル等でいただくのが遅くなり、終いにはUPが遅くなり……スミマセヌ>れくサマ。



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