Call

 

 

 

「…………はぁぁぁ」

 冬の厳しい寒さも遠のき始め、柔らかな陽射しが差し込む生徒会室。その一角で外の天気を曇らせるような重い溜息が落とされていた。

 もはや呼吸なのではないかと錯覚するほど繰り返されるそれに、生徒会面子は首を傾げる。

「あいつ、学年末テストがやばいのか?」

「それはないでしょう。なんせ鬼の家庭教師がバックにいるし」

「和意先輩との別れが辛いとか……」

「学校で会えなくなるだけじゃん」

「何か悪いものを食べたんじゃないですか?」

「誰が食べさせるんだよ」

「それじゃ何なんですか」

 ひそひそと会話をする声も届かないのか、昶は周囲を気にすることなくぼんやりとしている。

「おい、工藤。おまえ、何か知らないのか?」

「僕が知ってるのは、昶が授業中怒った顔をしていて教師陣を驚かせていたことだけだよ」

 昶の機嫌の波は朝以前から続いているものらしく、怒りが持続しすぎて今の状況に陥ったのだろう。怒り続けるのには体力と気力が必要なのだから。

 周囲の視線を受けた聡里は程なく再び落とされた溜息に頭をかく。俯きかけた額目掛けて指を弾くと、それなりにいい音が響いた。

「――――――――っ、な、何するんだよ!?

 昶は額を押さえ、痛みに潤んだ瞳を聡里に向ける。ようやく向けられた視線に聡里は知らず苦笑を浮かべた。

「あのね、溜息は吐いてる人じゃなくて周りを憂鬱にさせるんだよ。大体何回すれば気が済むわけ?」

「え? 俺、溜息吐いてた?」

「……本気で言ってる?」

 あれだけ盛大に吐いてたのに、指摘されて初めて気づいたらしい。これには聡里こそ溜息を吐きたくなった。

「かなり重症だな」

 言葉を失った聡里の代わりに、傍でやり取りを見守っていた金児が呆れた声を出す。彼もまた、昶の溜息にウンザリとしていた一人だ。

「それで? 和意先輩と何があったの?」

「……なんで先輩の名前が出てくるんだよ」

「それしか思いつかないんだもん」

「先輩が絡むんだったら、ナニを励みすぎたんだろ」

「ば……!」

 下世話な話に昶は顔を赤くして拳を振り上げる。それを避けた金児はにやにやと笑みを浮かべた。

「図星か」

「図星じゃないっ!」

「じゃ何があったの? 金曜日は迎えにきてた和意先輩と帰ったよね?」

 受験シーズンも終盤に差しかかっている今、三年生は自由登校となっている。もっとも生徒の大半は青南付属の大学へ進学するため、早めの春休みといった感覚で過ごす者が大半だろう。

 卒業式が三月中旬ということもあって、早く受験を終えた者ほどその期間は長くなる。車の免許を取りに行く者然り、短期留学する者然り。中には早めの卒業旅行へと旅立つ者もいるらしい。

 和意もまた付属に進むことが決定しているが、一日をだらだら過ごすような性格ではない。昶と会えない時間は当然別なことに使っているようで、和意が迎えに来るのは多くて週に二度。

 わざわざ迎えに来なくても、という昶の言葉は取り合ってもらえないらしい。もっとも虫除けを兼ねているのだろうというのが聡里たちの見解だ。

 金曜日は久々に迎えに来た日で、仲良く二人並んで帰ったはずなのだが。

「何かあったの?」

「………」

「昶」

「……別に、何も」

 むすっとして視線を逸らす様子に、聡里と金児は顔を見合わせる。

 和意と昶が付き合いだしてもうすぐ一年。しかしその間に二人が周囲にそれと知らせるような喧嘩をしたことはない。不機嫌になることはあっても、聡里には吐き出すような愚痴を零すのが常だ。

「僕には相談できないこと?」

 わざとらしく傷ついた素振りで問う。昶は困った顔を聡里に向けた。

「聡里……」

「それってよっぽど工藤のこと――――っ」

「金児、煩いよ」

 茶化そうとする金児に容赦ないエルボーが炸裂する。痛みに腹を抱える金児を無視し、そのまま室内を見回した。生徒会面子の視線が集中しているのを見て取ると、徐に口調を変える。

「明日までに各自抱えてる仕事に蹴りつけておくこと。金児、前期も生徒会にいたんだから、他の仕事のフォローよろしく」

「はぁ!?

「何? できないの?」

「そうじゃなくて……」

「あと昶は僕と一緒に帰るから、急ぎの物は金児が割り振って進めておいて」

「―――……やらせていただきます」

「え? だって……」

 一応生徒会役員でもある昶にも抱える仕事がある。だが、それはたった一言で押し止められた。

「会長命令」

「…………はい」

 命令されてしまえば反論の余地もない。昶を除く生徒会面子も同様だ。

 誰かにだんだん似てきたと思うのは昶だけではないはずだ、と思いたい。

 

 

 

 

「それで、何が原因?」

 放課後のファーストフードは小腹の空いた学生や買い物休憩の主婦と子供で賑わっている。その中の一角に席を陣取った二人はまずそれぞれの前にトレーを置いている。聡里はポテトに手を伸ばしながら、前振りもなく話の続きであるかのように切り出した。

 仕事も何もかも放り出してから、聡里が二人分の注文を終えるまで約二十分。道すがら話をしていたのは生徒会絡みの件ばかりで、聡里は席につくまで一言も言及しなかった。

 関係のない話題を振ることで、昶に考える時間を与えていただろう。そうでなければ学校を出る暇なく問い詰められていたはずだ。

「先輩が浮気でもした?」

 聡里としては当然否定が返ってくるものと踏んでの言葉だ。だが、昶は手元のトレーから視線を定めたまま小さく呟く。

「…………わかんない」

 予想外の答えに聡里はポテトを指から落とした。呆然と口を開いたまま見つめてくるその姿に、昶は苦笑を浮かべる。

「聡里、落ちたよ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! あの先輩が!?

 信じられない、と聡里は言葉を続ける。

 聡里と和意の付き合いは、不本意ながら恋人である誠吾とほぼ同じである。その間に彼がどんな交友関係を広めていたのかを知る聡里としては、正直彼が昶に近づくことを良しと思わなかった。

 その聡里の目から見ても、今の和意は昶だけを視界に入れている。あの和意が、と誠吾とからかいのネタにしたのも最近の話だ。

「何か目撃したの?」

「目撃というか、聞いたというか……最近先輩の携帯に電話が多いんだよ。それは男女問わずなんだけど、一緒にいるときに何度か呼び出されてさ」

「呼び出されるって、昶をおいて違う場所に行くってこと?」

「そ。急用ができたから、ってそれだけ」

「それだけって、何だよ、それ」

 思わず目を眇めた聡里に、昶は苦笑を浮かべる。

「もちろんいい訳も言ってるよ? 家からの呼び出しだ、とか。でも、さすがにこれだけ続くと疑いたくなってくるんだ」

 そう、猜疑心を抱いてしまうほど、和意の呼び出しは回数を重ねている。

 和意と外で待ち合わせれば、食事の途中で電話に邪魔をされ、早々に食事を終える羽目になる。それが何度か続き、先日は約束の時間を過ぎてから電話でキャンセルをされた。

 いつからか期待をするのは止めようと思い、それでも心のどこかで今日はずっと一緒だと信じる自分がいる。その微かな期待が思う以上に大きくて、和意から告げられる言葉に落胆する。

 あっさりと肩を竦めて見せる昶の瞳に、隠し切れない傷が浮かぶ。

「まさか、金曜日もそうだったの?」

「そのまさかだよ」

 百歩譲っても食事や二人の空気が邪魔されることは許せる。だが、電話を受け取った和意は必ず昶より電話の主を優先するのだ。

 それが二人にとってどんなに時間が空いた後であろうと、関係ない。常に電話の主が優位にいる。

 いつも自分のことを考えて欲しい。そんな乙女な発想をするつもりは毛頭なかった。

 けれども、自分の心を押さえつけるのももう限界なのだ。

 悪い、と謝る姿を見たくない。

 またな、と言って去る背中を見たくない。

 だったら先に去ってしまえばいいのだと、あの時初めて気がついた。

「あまりにもむかついたから、電話してる先輩を残してお店を出てきちゃったよ」

 電話に呼び出され、五分待っても戻らなかったときに決意した。どうしてもっと早くしなかったのだろう、とそのとき初めて気づいたのだから我ながら鈍い。

「さすがに先輩も慌ててたな」

「そりゃそうでしょ」

「何で?」

「何でって……」

「だったら、もう少しまともな言い訳をしてくれてもいいじゃん」

 かばんを持ち、コートを羽織り、店の外で電話を続ける和意に舌を突きつけた。慌てて電話を切ろうとする和意を尻目に背中を向けたものの、心は和意へと向いていたのだと思う。

 彼が追ってきてくれることを望んでいたのだから。

「それで、先輩は何て?」

「何も」

「……何も?」

「本当に、何もないよ」

 結果は昶の想像をあっさりと裏切ってくれた。追って来る気配もなければ、電話で言い訳をされることも顔を見せることもない。

「ま、まぁ顔をあわせるのが気まずいんだろうね。でも携帯に連絡……」

「電源を落としてあるんだ。だから、金曜の夜以来連絡とってない」

「………本気で言ってる?」

「嘘ついてどうするんだよ」

 眉を顰める聡里に、昶は苦笑を浮かべる。

 食事の最中だろうと何だろうと、容赦なく和意を連れて行ってしまう携帯。自分の物だというのに鳴り出すことが怯えてしまう。

 神経過敏な反応だけれども、電源を切ることで少しだけ安堵した。

 これで誰かに呼び出されることはなくなる、と。

「じゃ今携帯は繋がらないんだ?」

「携帯は部屋の隅に転がってる。電源を切ってるんだから、持ち歩く必要もないし。機械的なアナウンスを聞いて、本気で電波の届かないところばかりにいるなんて考えてたら笑えるよな」

「慌ててるよ、きっと」

「……どうだろうな」

 心配そうに見つめてくる聡里から視線を逸らし、昶はそっと自嘲の笑みを浮かべた。

 付き合ってそろそろ一年。お互いに家を知るのだから、携帯電話が繋がらなければ家に来ればいい。―――電話の相手よりも優先されるのだと態度で示して欲しい。

 子供じみた我儘な思いもまた、携帯電話の電源を切る一因となった。

 金曜の夜中は無理だろう、土曜の今日は? せめて日曜の夜だけでも―――。

 彼を待っているのではないと自分に言聞かせ、実際に来なければ落胆する。

 開かれない扉を気にして過ごすのも、もう嫌だ。

「昶、大丈夫?」

「……何が?」

「今、泣きそうな顔になってた」

「―――……そう、かな」

 自覚のない表情は昶の口よりも雄弁なのかもしれない。

 昶は溜息をひとつ落とすと、乾いた喉を潤すためにジュースを手に取った。

 

 

 

 電車通学の聡里とは駅前で別れ、昶は家へと歩を向ける。頬に当たる風はまだ冷たく、春という言葉は暦上で一人歩きしているように感じてならない。

 ふいに、頭の中を覚えあるフレーズが駆け巡る。

 卒業シーズンということも手伝い、この時期には春に因んだ歌が流行する。どの歌詞にも大抵、古との別離と未来での出会いが書かれているものだ。誰しも同じ環境にいるわけではないが、それなりに似た境遇を味わうことになる。

「……出会いと別れの時期、か」

 普段意識したことのない在り来たりな言葉が、今はやけに胸に響く。

 自分もこの言葉と重なる状況になってしまうのだろうか。

 空を見上げる余裕もなく、足元ばかりを見て歩く。そのせいで昶はマンション前の人影に気づくのが遅れた。

「昶」

 最初は空耳だと思った。繰り返し呼ばれ、ようやく視線を前に向ける。

「………………先輩」

「遅かったな」

 そう言いながら姿勢を起こす和意の背後には大型バイクがあった。それに寄りかかりながら昶を待っていたらしい。

 いつもと変わらない涼しげな表情。先日の夜の諍いを彷彿させないそれに、昶は胸の奥がいきり立つのを感じる。

 すっと一呼吸分を置き、飛び出た声は冴え冴えとしていた。

「何しに来たんだよ」

 挑むような視線を投げかければ、さすがの和意も表情を変える。眉を顰め、探るような目つきで昶を見つめた。

「……ずいぶんなお言葉だな。恋人に会いに来るのに理由が要るのか?」

「恋人? へぇ……それはご苦労様。好きなだけそこで待ってれば?」

 和意に背を向け歩き出しながら、肩越しにバイバイと手を振る。程なくして二の腕を力強い手が掴んだ。その痛みに昶は咄嗟に歯を食いしばる。

「痛……っ! 離せよ!」

「話もさせないつもりか」

「話なんてない」

「俺にはある」

「だから―――っ」

「いいから部屋に入れろ。それともここで人の注目を集めながら押し問答をしたいのか?」

「…………」

 答える代わりに昶は抗うことをやめた。促されるままマンションの自宅へと向かう。

 鍵を取り出し玄関のドアを開けた瞬間、昶は背後からきつく抱きしめられた。布越しに感じる和意の肉体に、昶は自分の目が潤むのを感じる。

 あれだけ和意のことを突き放して考えていたつもりだった。なのにどうして、こんなに嬉しいと思ってしまうんだろう。

「……ずるいよ」

 無意識に零れた声は僅かに震えていた。

「なんで今更ここに来るわけ?」

「今更?」

「そうだよ! 昨日だって一昨日だって来ようと思えば来れたはずだろ!」

「それは……金曜からの呼び出しで来る暇が作れなかったんだよ。解放されたのは今日の昼だし」

 頭上で溜息をつかれ、それを嫌がるように首を振る。

「解放って、なんだよ。何でそんなに呼び出した人と一緒に過ごしてんの? どうしてその人のほうが優先されるんだよ……っ!」

 自由登校になってから和意と過ごす時間は格段に減った。それを不満に思ったことはない。和意なりの時間の過ごし方があるのだし、同じ校舎に通っていた頃とは状況が違うのだから。

 だが、ようやく会えたとしても、その大半が携帯電話で邪魔をされる。しかも携帯電話が和意を呼び出せば、必ず昶は置いていかれる。

 何においても昶を一番に考えて欲しいとは言わない。だが、一緒にいる時間を潰されたのだから、それなりの言葉を与えて欲しい。

「昶……」

「先輩の人間関係が広いのはわかってる……でも、だからって俺と一緒にいるのにその人たちのところに行くのは酷いよ……」

「………家の事情だと、ちゃんと理由を言っただろう?」

「毎回毎回家の事情? 先輩が受験終わるまでそんなこと一度もなかったじゃないか! それが急に増えるってどういうことなんだよ!」

 不謹慎な話だが、誰かの容態を伝えられていたのだと仮定する。電話がかかる度にそれに変化があったのだと。

 だが、それなら最初から昶と会う約束などしないだろう。ましてや人の命に関わる状況なのだ。約束があったとしても電話で一言断ればいい。

 昶といる時間に繰り返される呼び出しは、昶の不安を煽るに十分な要素だった。

「あんたが誰と会おうと俺には関係ないけど……見えるところでやるのは卑怯だ……っ!」

 心の奥底に溜まっていた感情を表に出せば出すほど、自分が弱く情けなくなってしまったように思えてしまう。

 目の淵が熱を持ったように感じ、昶はそれを零さないようぎゅっと瞳を閉じた。ここで泣くのは男じゃない。そう心の中で唱えていると、ややあってから溜息が昶の髪を掠めた。

「―――やれやれ。ずいぶんと疑われたものだな。俺の素行はそんなに悪いか?」

 自嘲気味に呟かれた言葉に昶はただ俯くしかない。

「……ちょっと待ってろ」

 平淡な声音に昶は視線だけを動かした。空いた手でポケットから携帯電話を取り出した和意に、昶はあからさまに身体を強張らせる。次の瞬間嫌がるように捩らせれば、逆らうことのできない強い力で強引に抱き寄せられた。

 逃げ出すことも叶わず腕の中に閉じ込められた昶は、それでも抗うことを止めない。それを一瞥した和意は、逃がさないよう昶を捕らえる指に力を加えた。

 ようやく電話が繋がったのか、和意の声が頭上から落ちてくる。

「俺。居るならとっとと出ろよな。あんたの我儘のせいでこっちは大変な目に……は? それはそっちの責任で、俺のせいじゃありません。あんたの自業自得だろ。……ああ、こっちは構わないからとっとと説明してくれよ」

 ほら、と有無を言わさず昶の耳に携帯が押し当てられる。それを避ける前に和意の顎が昶の頭を固定してしまったため、否応なく相手の声を聞く羽目となった。

『―――もしもし?』

「え……?」

 電話越しに聞こえた声は男のもの。しかも聞き覚えがあるような気がしてならない。昶の気持ちを汲み取ったのだろう、向こうで笑う気配がする。

「あ、あの……」

『初めまして、春日悠一です。出ているCMとかも言ったほうがいいかな?』

「え……ええぇぇぇっ!?

 春日悠一。昶の年代でその名前を知らない人は滅多にいないだろう。彼を表現するには一言では済まされないほど、形容する言葉が多い。

 腰の高い長身にバランスが取れてすっきりとした体躯、着ている服の下には締まった体があり、ほど良く甘いマスクを裏切る低い声を持つ男。

 男女問わず憧れの対象となる彼は、とあるCMで鮮烈な芸能界デビューを果たした。今ではドラマや映画に引っ張りだこの俳優だが、どうして和意と繋がるのだろうか。

『まさかあの和意が一人に絞っているだなんて想像外だったよ。だからこそ振り回していたんだけれどね。君に迷惑をかけたようで申し訳ない』

「いえ……その……」

『今度彼を呼び出した時には、君も一緒に来てくれるかな? お詫びもしたいし』

「と、とんでもないです!」

『それとも会いたくないほど嫌われちゃったかな?』

「そんなこと………?」

 必死になって辞退する昶の手から携帯がもぎ取られた。見れば、苦虫を潰したような和意がそこにいる。

「―――もういいだろう?」

「先輩……」

「ユウ、あとでまたかけ直す……は? 冗談じゃないね。誰が……それこそ余計なお世話だ」

 力いっぱいボタンを押して通話が一方的に終わる。和意が通話を終える前に、向こうから笑い声が聞こえたのは気のせいだろうか。

「先輩……」

「―――まぁそういうことだ」

「……また誤魔化す」

「そうじゃない……わけでもないか」

 腕の中にむっとした表情を見つけた和意は苦笑を浮かべる。

「さっきの電話の相手はわかったな?」

「うん、本人が教えてくれた。なんで先輩が春日悠一に振り回されるの?」

「それはあいつがうちの親の事務所に所属してるからだな」

「事務所って、え? 芸能プロダクションってこと!?

「……言ってなかったか?」

「聞いてないよ!!

 お互い学校内の話題が多く、両親の仕事にまで興味を持つことはなかった。昶が知ってるのはせいぜい共働きということくらいだ。

 もしかして会えなかった時間のほとんどを、事務所の手伝いに費やしていたのだろうか。そうだとしたら、昶といるときにかかってきた電話もまた仕事絡みで、その関係で呼び出されていたと考えれば納得がいく。

 まさに“家の事情”だ。

「なんだ……そうだったんだ……」

 思い当たった可能性にがくんと膝から力が抜けた。その場にへたり込みそうになった身体を力強い腕が支える。そのまま和意の胸に抱きこまれる形になった昶だが、今度は抵抗をしようという気にはならなかった。

「納得したか?」

 こくんと素直に頷く。すると和意が不満げな声音を落とした。

「まったく……これだけ尽くしてもわかってもらえないというのも考えものだな」

「こ、今回のは先輩のせいじゃんっ。いつもいつも家の事情でわかるはずない……」

「電話に出なかったのはおまえだろう? 家電の留守電はかかっていない、携帯はご丁寧に電源まで落としやがって」

「だって……」

 聡里に言ったように、携帯が鳴ること自体恐かった。

 でもそれは建前でしかないことを昶自身が一番知っている。

「……先輩から着信がなかったら? いつ来るかって待ちながら過ごすの?」

「昶……」

 でもそれも失敗だった。今度は和意がこの部屋に来ることを期待して時間を過ごすことになったのだから。

「待ってる間、本当に気が気じゃなかった。付き合う前の先輩の噂は知ってるし、俺だけを相手にしていたのが不思議だったんじゃないか、とか……余計なこと考えちゃうし」

 連絡を絶っている間、何度も和意が他の誰かと並んでいるところを想像しては傷ついていた。打ち消しても形を変えて蘇るそれに追い詰められ、衝動的に物を壊したくなったこともある。

 今こうして抱きしめられていることで、あの影も消えてくれるような気がした。

「……よかったぁ」

「馬鹿だな」

「―――どうせ……っ」

「どうしようもなく、馬鹿だ」

 言葉とともに強くなる抱擁。ぎゅっと胸に押し付けられた耳から彼の鼓動を感じる。

「だが、不安にさせたのは俺だな。……悪かったよ」

「……聞こえない」

「悪かった」

「……もっと」

「昶」

「同じ言葉じゃなくてもいいよ。だから、言って」

 催促するように背中へと回した腕に力を入れた。すると、後頭部を押さえる手が強引に昶を上向かせる。

 強い意志ある瞳と潤んだ瞳がかち合う。惹かれるように、和意の額が昶のそれに押し当てられた。

「俺を操れるのはおまえだけだ」

「うそつき」

「そうじゃなかったら、ここに来てない。おまえだけは何があっても手放したくない―――手放せない」

「俺が逃げたら……?」

「愚問だな。当然捕まえるし、その前に逃がす隙さえ与えないさ」

「隙なんて見つけるもんだろ」

「では言い換えようか? おまえが逃げ出したいなんて考える暇もないほど、俺のことだけ考えさせてやる」

「……自意識過剰」

「誉め言葉として受け取っておくよ」

 当然とばかりに笑う和意を間近で見つめ、昶は小さく息を吐く。

 そのタイミングを見過ごすことなく和意はその唇を塞いだ。僅かな隙間を埋めるように舌を差し込み、奥に隠れたそれを脅かすことなく誘い出す。擦り合う感触に昶の身体は震え、和意は嬉々としてそれを押し付けた。

 こうして口付けを交わすのもどのくらい間が空いていたのだろうか。

 互いに同じことを思っているのだと疑う余地もない。

 それだけ、互いに餓えていたのだと知っているから。

「ちゃんと……」

 キスの合間に呟けば、和意が一瞬だけ距離を置く。

「うん?」

「逃げないように、捕まえてて」

 その答えは、再び重なっていた唇が持っていた。




(06.03.26奉納)

 えー……まずは80,000のキリ番を取られましたりゅふぁさまへ。大変待たせいたしました。奉納時期を(05年の)10月ごろと言っていた自分はどこへ行ってしまったのか……(懺悔)。
 さて、今回のお題は「で二人の関係が確固たるものになる!」ということだったのですが……ど、どうなんだろう……。サブテーマの学校行事に絡めて、というのも僅か〜にしかかかっておらず……あああ消化し切れてない度120%です! テーマから外れっぱなしの作品となってしまいましたが、どうぞお納めください。




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